9 / 15
9
しおりを挟む
娘と手を繋いで道を歩く。
娘の向こう側には妻がいる。
「タクマさん」
「なんですか?モミジ」
「ちょっとそこのお店行かない?最近有名らしいの」
「お父さん。カエデもみたいの」
道路向こうの服屋を示され、微笑んで受け入れる。
「いいですよ」
横断歩道で待つ人混みの中で娘があのねあのねと舌足らずながら語ってくるのを微笑んで聞く。
妻を見て、微笑み合う。
隣にいる女性も娘を見て微笑んでいるのに気づいて会釈と微笑みを返す。
彼女も微笑み返してくる。
青信号になった流れる音楽。
それに混じって聞こえる甲高い金属音と、骨が砕ける音。
金属に物がぶつかる音。
そして悲鳴。
泣き声。
叫び声。
金属音と声の区別が付かないほど頭が重い。
暗闇が広がりつつある視界の中で、必死に探す幸せで愛しい人々のことを。
隣りに居た頭から血を流す微笑んでくれた女性。
何故か動かない手足を無理やり動かして探す。
妻と子は何処だ?
「カっ、モっ、っ」
名前を呼ぶのが息苦しい。
何故?
早く駆けつけて、病院に。
医者に見せて。
痛いの嫌いだからきっと泣くだろうから慰めて、別の気をそらすものを用意して。
赤い血を流す妻の腕には娘がいる。
早く、びょう、いんに。
意識は再び途切れ、目を覚ます。
目を開いて、管が繋がっているのに気づく。
医者の顔に、妻は?子は?
必死に周囲を探す。
無事でありますように。
無事だと言ってくれ。
何処にいるんだ。
車椅子の上。
並んでいる遺体。
声が出ない。
誰だ。こんなドッキリを仕込んだのは。
妻か?
それともカエデに付き合っているのか?
起きてくれ。
起きて、ほら。行きたがってたお店に行こう。
ピンクの可愛いランドセルを背負って学校に行くんだろう。
広い家で、白い布に包まれた箱を眺める。
時間が過ぎていく。
加害者たちの集まりによくわからないまま参加して、しかし頭に入らない。
(返してください。娘と妻を)
誰に願っているかもわからない。
「あんた。大丈夫か?」
「はい。帰って来てほしいだけです。私は、大丈夫です。だから返してください。妻を子を」
言葉を溢して、はっと口を塞ぐ。
ここに居る人々の半数以上があの事故の関係者である。
同じように親しい、仲の良い家族を失っているのかもしれない。
重傷者もいると言っていた医者の言葉を今更ながら思い出して口を庇う。
「あんたも連れ添いをなくしたのか」
寂しそうに告げられ、貴方もですかと声を絞り出す。
「あぁ。買い出しに行った妻がな。送っていってもらえといったのに。言ったのになぁ」
脳裏に浮かぶのは、微笑みを携えた女性。
娘を優しく見守ってくれたあの人。
彼女とは違うかもしれない。
それでも、後悔が浮かぶ。
もし、もしも、たられば、可能性があれば。
戻りたい。
戻って助けたい。
「私、だって、横断歩道から離れて待っていれば、いや。あそこを使わなければ」
あの日、接触事故を起こした車が、逃げようとして赤信号のまま突っ込んだ。
その車は青信号だった交差点の車が追突し、歩道へと飛び込んできた事故だったらしい。
日曜の昼間、商店街付近だったこともあって、人が多かった。
死傷者十三名。
運転手は軽傷だったらしい。
そんな事故から三ヶ月。
初めて泣いた。
それも背中を擦られて。
鼻をすする音を立てながら、泣けと告げてくる。
それが彼、当麻との出会い。
娘の向こう側には妻がいる。
「タクマさん」
「なんですか?モミジ」
「ちょっとそこのお店行かない?最近有名らしいの」
「お父さん。カエデもみたいの」
道路向こうの服屋を示され、微笑んで受け入れる。
「いいですよ」
横断歩道で待つ人混みの中で娘があのねあのねと舌足らずながら語ってくるのを微笑んで聞く。
妻を見て、微笑み合う。
隣にいる女性も娘を見て微笑んでいるのに気づいて会釈と微笑みを返す。
彼女も微笑み返してくる。
青信号になった流れる音楽。
それに混じって聞こえる甲高い金属音と、骨が砕ける音。
金属に物がぶつかる音。
そして悲鳴。
泣き声。
叫び声。
金属音と声の区別が付かないほど頭が重い。
暗闇が広がりつつある視界の中で、必死に探す幸せで愛しい人々のことを。
隣りに居た頭から血を流す微笑んでくれた女性。
何故か動かない手足を無理やり動かして探す。
妻と子は何処だ?
「カっ、モっ、っ」
名前を呼ぶのが息苦しい。
何故?
早く駆けつけて、病院に。
医者に見せて。
痛いの嫌いだからきっと泣くだろうから慰めて、別の気をそらすものを用意して。
赤い血を流す妻の腕には娘がいる。
早く、びょう、いんに。
意識は再び途切れ、目を覚ます。
目を開いて、管が繋がっているのに気づく。
医者の顔に、妻は?子は?
必死に周囲を探す。
無事でありますように。
無事だと言ってくれ。
何処にいるんだ。
車椅子の上。
並んでいる遺体。
声が出ない。
誰だ。こんなドッキリを仕込んだのは。
妻か?
それともカエデに付き合っているのか?
起きてくれ。
起きて、ほら。行きたがってたお店に行こう。
ピンクの可愛いランドセルを背負って学校に行くんだろう。
広い家で、白い布に包まれた箱を眺める。
時間が過ぎていく。
加害者たちの集まりによくわからないまま参加して、しかし頭に入らない。
(返してください。娘と妻を)
誰に願っているかもわからない。
「あんた。大丈夫か?」
「はい。帰って来てほしいだけです。私は、大丈夫です。だから返してください。妻を子を」
言葉を溢して、はっと口を塞ぐ。
ここに居る人々の半数以上があの事故の関係者である。
同じように親しい、仲の良い家族を失っているのかもしれない。
重傷者もいると言っていた医者の言葉を今更ながら思い出して口を庇う。
「あんたも連れ添いをなくしたのか」
寂しそうに告げられ、貴方もですかと声を絞り出す。
「あぁ。買い出しに行った妻がな。送っていってもらえといったのに。言ったのになぁ」
脳裏に浮かぶのは、微笑みを携えた女性。
娘を優しく見守ってくれたあの人。
彼女とは違うかもしれない。
それでも、後悔が浮かぶ。
もし、もしも、たられば、可能性があれば。
戻りたい。
戻って助けたい。
「私、だって、横断歩道から離れて待っていれば、いや。あそこを使わなければ」
あの日、接触事故を起こした車が、逃げようとして赤信号のまま突っ込んだ。
その車は青信号だった交差点の車が追突し、歩道へと飛び込んできた事故だったらしい。
日曜の昼間、商店街付近だったこともあって、人が多かった。
死傷者十三名。
運転手は軽傷だったらしい。
そんな事故から三ヶ月。
初めて泣いた。
それも背中を擦られて。
鼻をすする音を立てながら、泣けと告げてくる。
それが彼、当麻との出会い。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
インテリヤクザは子守りができない
タタミ
BL
とある事件で大学を中退した初瀬岳は、極道の道へ進みわずか5年で兼城組の若頭にまで上り詰めていた。
冷酷非道なやり口で出世したものの不必要に凄惨な報復を繰り返した結果、組長から『人間味を学べ』という名目で組のシマで立ちんぼをしていた少年・皆木冬馬の教育を任されてしまう。
なんでも性接待で物事を進めようとするバカな冬馬を煙たがっていたが、小学生の頃に親に捨てられ字もろくに読めないとわかると、徐々に同情という名の情を抱くようになり……──

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる