切なさを愛した

林 業

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ドアを叩き、しばらく。
後ろにいる高橋が欠伸をする。
「お出かけ中じゃないですか?親父」
「とりあえず連絡してみましょうか」
電話を弄るソウマ。
入っていいかと連絡したのだと思いつつも眺める。
「なんでお前もいるんだ。ソウマ。高橋」
「俺は東郷さんに親父をお願いしますって言うの忘れてたんで」
「親父の恋人を見たさに」
「お前ら死にてぇのか」
家の中から電話が鳴り響いてくる。
(寝てんのか?)
「おーい。入るぞ」
合鍵を取り出して、中へと入る。
「タクマ?」
入ってすぐのトイレに寄りかかるように蹲るタクマ。
「タクマ!おい。タクマ」
「あ、れ?とう、まさん?」
虚ろな瞳に、体を支える。

転がっているペットボトルを見る。
高橋が冷蔵庫から水を取って渡してくるので飲ませる。
「そんな時間、なんですね」
ぼんやりとした様子に、立ち上がろうとして足に力が入っていない。
高橋と肩を貸して、玄関前へと移動させる。
病院で必要なものを回収する。
ソウマが車を回しているのを待つ。
「いつから吐いてたんだ」
「え、あ、わかんないんです。水飲んでも全部吐いてしまって。目を閉じても開けてもカエデたちがいて。もう、いいやーってなって」
回された車に乗せて急いで病院に向かう。
ぼんやりと、車の中を眺めるタクマ。
「とうま、さん。二人のとこ、行きたいです。いいですか」
「許さん」
即答する彼に、不安そうに鏡越しに見る運転中のソウマ。
「許してください」
「目閉じてろ。二人の代わりには到底及ばないが俺がいる」
寄りかかるようにと肩に手を回される。

当麻は震える手を誤魔化すように肩で押さえる。
高橋が病院に電話をして事情を話している。

「俺がいるから側から離れんな。俺だけ見てればいいんだ」

もう失うのは嫌だと病院へ急がせる。





病院のベッドで点滴を受けているタクマの手を握る。
「今日会う日で良かった」
「脱水症状だそうですよ」
医者の説明から受付まで対応していた高橋が顔を出す。
「親父。お金払っときましたよ」
「あぁ。助かる。先帰っといていいぞ」
「いえ。途中まで送ります。外いますんで帰るとき声かけてくださいね」
看護師に挨拶して、出ていく。

手を握って額に当てる。
「居なくなるのはもう勘弁してくれ」
指先が動いたのに気づいて、顔を覗き込めば、目が開く。
「当麻さん?」
「起きたか。体は平気か?」
「楽になりました」
「薬は少し軽いのに変えるらしい」
「そう、ですね。もうちょっと早く先生に言っておけばよかったです」
「俺はお前をまだ妻子のとこにはやらないからな」
「わかってますよ」
苦笑しながら点滴が終わったのを見て体を起こす。

「苦しくても一緒に生きるって決めたばっかですからね」

微笑む顔に、意識朦朧としていたときにいったことは何だという疑問を必死に飲み込む。

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