切なさを愛した

林 業

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当麻はスーツ姿でアパートへと来る。
何度もネクタイが歪んでないか手元で触りながら目的地に着く。

一階の右端にあるドアを叩き、はーいと返事が帰ってくる。
ドアが開けば一番に笑顔が目に入り、心臓の高鳴りが激しくなる。
未だに慣れないと思いつつ招かれる。

「当麻さん。いらっしゃいませ」
微笑みを浮かべる彼に招かれ、玄関で靴を脱ぐ。
「タクマ。名前聞く前にドア開けるのは危ない」
「この家のインターフォン使わずノックしてくるのは当麻さんだけだですよ」
「だからって」
玄関前に鞄を置いて靴を脱ぐと中へと入る。
ネクタイを外しながら居間へと向かう。

LDKの独り暮らしだろうアパート。
小さなリビングにある仏壇。
一緒に飾られている幼い少女と女性の写真。
挨拶のために手を合わせて手土産のコンビニのシュークリームを置く。

「あ。わざわざありがとうございます。当麻さん」
「いや。好きだと聞いて、寄ったら売っていたので買ってきた」
正しくはよくわからないので部下に買ってきてもらったわけだが。
三十代の男の笑顔に何故か癒やされる。

(うん。いいな)
「そういえば、今日はお仕事帰りですか?」
「ま、まぁな。夜には帰る」
不思議そうにこちらを見てくる視線に誤魔化すように頷く。

「最近夜も物騒になりましたからね。気をつけてくださいね」
「物騒?」
「いえ。当麻さんにお話するほどのことでは」
じっと見つめればやれやれと携帯を向けてくる。
画面に出ているのは不審者情報。
「最近深夜近くに露出狂が出てきているそうですよ。最近強面の方もこの辺に」
言いかけてから、当麻を見て、微笑む。
「まぁ、夜中になる前か、明け方に帰らればいいと思いますよ。警察の皆様も見回り強化されているそうですからね」

「そうか」
差し出された服を受取る。
「スーツ姿も素敵ですが、よろしかったら」
「あ、あぁ。助かる」
先日置いていった服を受け取り、玄関側のキッチンへと消えるので着替える。
服を脱ごうとして、一時的に仏壇の扉を閉めて着替える。
綺麗な着流しに手足を通して、タクマの臭がすると服の匂いを嗅ぐ。
「一応そちらで使っていると聞いているクリーニング店やら洗剤を利用させてもらったんですけどねぇ」
背後からの声に見られたと気恥ずかしさが過る。

差し出されたお茶を受け取り、誤魔化すように口に運ぶ。
その間に、脱ぎ捨てたスーツを拾い上げて、ハンガーに手際よくかけていく。
「そういえば、鞄入り口でよろしいですか?」
「忘れて帰らないようにな。最近忘れ物が多くてな。邪魔か?」
「いえ。構いませんよ」
微笑みに、そっかと安堵。
その優しさに甘える。
「今後もあちらに置くようであれば何か台でも買いましょうか」
「いや。そこまで気にしなくともいい」
「そこそこいいカバンと思いますよ」
「そんなことより、体は平気か」
そういえば仏壇のドアを忘れていたと開く。
「えぇ。ここしばらく天気がいいからか元気ですよ」
そうか。と安堵を零す。
些細な会話を楽しむ。
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