勇者断って、気ままに生きる

石埼申

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1話 異世界召喚

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俺の名は佐藤 太郎。

どこにでもいそうな独身中年だ。

ブラックな老人ホームで働いている。

ハゲでデブだが、これでも老人たちにはモテモテだ。ただ、単に俺以外、やる気のない職員しかいないだけとも言える。

会社はブラックだが、メゲずに一生懸命、真面目に働いている自負はある。

今日も熱を出した婆さんの対応で、2時間のサービス残業だった。

「はあ~、今日も疲れた」

そう言って深いため息をつく。おんぼろアパートのドアを開けると、日中の部屋にこもった熱気が自分の加齢臭とともに襲ってくる。

「くせーな」

金のないおっさんの独身部屋なんてこんな匂いだろう。

俺はエアコンを16℃にして、すぐに浴室に入り、シャワーを浴びる。夏は汗でケツの割れ目がビッショリだ。シャワーを浴びると、それまでの不快感から解放されていく。全身を素早く洗う。ガス代の節約だ。

「あー、さっぱりした~」

体を拭いて、パンツだけ履く。割り箸を咥え、カップ麺の殻をむこうとした時、目の前が暗転した。

「ケルトでブレーカー落ちたか?」

そう呟くと、すぐに辺りが明るくなった。どうやら雲の上に立っているようだ。空には紫の満月。

「……どこだよ」
俺は呆然と月を見上げる。

「おい! そこのハゲたおっさん! ここどこ!?」

声の方へ目線をやると、ヤンキーっぽいガキが立っていた。

「……こっちが聞きたい」
そう答える。

「異……界だ! 僕たちは異世界に来たんだ! ヤッター!」
その場にいたもう一人の制服を着たガキが騒いでいる。

(ありゃオタクってやつか……しかし、異世界だと? 馬鹿な。これはあれだ……。きっと疲れが限界まで溜まっていたんだな……最近、パートが1人やめてしまって休み無しだったもんな)

俺は疲れて、変な夢でも見ているんだと自分に言い聞かせた。言い聞かせたんだが……

やけにリアルだ。パンツ姿で寒いと感じる。

(まさか……な)

突然、女の声がした。「待っていました。あなた方にはこの世界を救う勇者になってもらいます」

辺りを見るが、俺たちの他に人影はない。

「ほらー! ! ホラホラホラー! やっぱり異世界だ! 僕は勇者でチートでハーレムだ! バンザーイ! 女神サマ、さあ早くぼくを勇者にしてください !」
オタクが喚く。

「話が早くて助かります。そちらの茶髪の青年、あなたはどうしますか?」
声だけが響く。

「まあ、チートきめれんなら、俺も勇者やってやってもいいっつうか……」
ヤンキーもまんざらではなさそうに頭をかいている。

「中年。あなたはどうしますか?」

その問いかけにオタクとヤンキーが俺の方を見る。

(なんだガキども! こっち見んな!)

「……勇者だ? ふざけるなよ。子供じゃあるまいし。こんな場所に勝手に連れ出しやがって。こっちは明日、早番なんだ。こんな俺でも高齢者達が待っているんだよ。とっとと元の世界に帰してくれ!」
俺はイラついたように言ってやった。

「神である私に従えないと?」
女神が少し威圧したように聞いてくる。

「イカれた女だな! 勇者ごっこはお前らでやってろ!俺の給料知ってるか?ただでさえギリギリなのに、1日休めば皆勤手当が引かれるんだ。世の中厳しいんだよ!」
俺はクッセー屁を追い払うように、掌を振った。

「……ならば、あなたに用はありません」

女の声と同時に俺の体は雲を突き抜け、地上へと急降下し始める。

「ああああああああっー!」
悲鳴を置き去りに俺は地上へと落ちていった。

思い返せば、つまらない人生だった。

20代にギャンブルで作った借金を返済するため、あくせく働く日々。

俺はバクチはやめて、真っ当になるんだ。そう思って頑張ってきた。

真面目に働き、もう少しで借金を完済できると思っていた矢先、訳の分からん世界に呼び出され、そして雲の上から放り出される。

間違いなく死ぬだろうが!

悔しすぎて涙が溢れる。

ああ、地上の景色が鮮明になってきた。

あと数秒後には、俺は地面に激突し、ミンチになるんだ。

あと3秒

2秒

1……さらば、虫けらのような人生

俺は、目を閉じ、意識が無くなるのを待つ。

「……あれ?」

待てども意識が消えない。恐る恐る目を開ける。

「……浮いてる!」
地面から1mのところで浮いていた。

「う、イテ!」
急に地面に落とされた。

「ぬぐおう~~!」
顔から落ちて、のたうち回る。

「すまん、すまん。受け止めきれなんだ」

声の方へ視線を向けると、きたねえジジイが立っていた。

「痛っ……爺さん、もしかして、あんたが助けてくれたのか?」
鼻血を拭きながら尋ねた。

「そうじゃよ。しかし、そなたも不運よのう。勝手に召喚されたあげく、空から叩き落されるとはな」

「まったくだ! あの女! 頭おかしいんじゃねえか?」

「ホッホッホッ、そうじゃな。それはそうと勇者になることを拒んだのは佐藤太郎、お前さんが初めてじゃわい。空から降ってきたのもな」

「あっそ!……って、なんで知ってんの? ……爺さん、あんた、あいつとグルなのか?」

「違う違う……あやつより前の神だったといえばいいのかのう」

「神?…… じゃあ俺を元の世界に帰してくれ!」

「無理じゃ。してやりたくてもできないんじゃ……」

「なんで?」

「ワシはもうとっくに死んどるからだ」

「え!? …… 神様って死ぬの!?」

「そりゃそうじゃろ」

「へー……あ、そう」

「こうしてお前さんの前に立っているワシはな、残留思念のようなものじゃ。神としての力はもはや残っておらん」

「幽霊みたいなもんか?」

「そうじゃ。お前さんを助けるために力を使って、ホレ、下半身も透けてきた。あと半日で完全に消えるじゃろう……」

「え? ……なんか悪いね、俺のために最後の力を使わせてしまって……」

「いやいや、気にせんでええ。こちらもお前さんに頼みたいことがあって助けたんじゃ」

「何よ?…あ、 勇者ごっこはやらんぞ」

「ホッホッホッ。何、ワシの古い友に伝言を頼みたいんじゃ」

「伝言? まあ、いいよ。そんくらいなら。んで、そいつはどこの誰だ?」

「向こうからお前さんを訪ねて来るじゃろうからすぐに分かるじゃろ」

「そうか。じゃあ、なんて伝えればいい?」

「ワシが逝ったことと、『楽しい時間をありがとう、長い間訪ねてくれてありがとう』と伝えておくれ」

「……分かった。必ず伝えよう」

「ああ、これで思い残すことはなくなった」
神と名乗るきたねえジジイは安心したように微笑んだ。

「それでさ、神様とあろうものが、なんで死んじまったんだ?」

「寿命じゃよ。魔王が出るたびに勇者に力を与えてきた。それで寿命が縮んだこともあるがな……」

「へ~。勇者ねぇ~」

「死はいつか訪れる。神としての生に悔いはない。ただ最後に友に一目会いたくてな。こんな幽霊姿で友を待っとったというわけじゃよ」

「爺さん、律儀だな」

「たった一人の友人じゃ。ホッホッホッ」

「神様なのに友人が一人かよ」
憐れむような目で俺はジジイを見たが、ジジイは全く気にする様子はなかった。

「オッ! 時間がないのう……さて、これからお前さんが生きていかねばならないこの世界について少し話しておかねばなるまいな」

「ああ、そうだな。聞かせてくれ。死活問題だ」

「ワシがこの世界の産声を聞いて、降臨したのは、75億年ほど前じゃ」

「そこから話すのか? もう少し端折ってくれよ」

「そうか?……人が繁栄するとな負のエネルギーも大きくなるんじゃ。光が強ければ闇も濃くなる。するとな、いろいろと起こるんじゃ」

「何が」

「天変地異とか戦争とか……魔王誕生とかな。じゃが魔王だけは厄介でな。ワシの助力が必要じゃった。それでな、魔王が出るたびに勇者に力を与えてきたんじゃよ。命を削ってな」

「勇者ってそんなにいたんだ」

「ひと時代に一人じゃよ。ところがじゃ! 300年ほど前から魔王が複数体現れだした。こんなことは今までなかったのにじゃ。魔物の数も増え世界は滅びかけた。晩年ワシは5人の勇者にすべての力を託したのじゃがそこでワシの生命は尽きた」

「それでどうなった?」

「勇者たちは見事、魔王どもを倒し、世界は救われた。力尽きたワシは残留思念となり、その後も世界を監視しておった。やがて5人の勇者も年老いて死に200年ほど時が流れた」

「ハイハイ。なんとなく流れでわかる。また魔王が出たんだろ?」

「そうじゃ。8体もな。ワシは人が蹂躙されていくのを指を咥えて見ている他なかった。じゃが、そこに現れたのが、あの女神じゃった。女神は異世界人を次々に召喚し始めた。ワシは驚いた。一度にあの数に力を与えれば、女神といえども、すぐに寿命が尽きてしまうからじゃ。しかし、女神は己の命を使う気は初めからなかったのじゃ。異世界人の身体に得たいの知れぬ生命体の細胞を植え付けたのじゃ。驚くことに細胞を与えられた異世界人は勇者に匹敵する力を手に入れ、魔物共を駆逐し始めた。日に日に勇者の数は膨れ上がり、何はともあれ、100人を超えたあたりから、早々に決着がつくとワシも安堵したが……甘かった」

(勇者のバーゲンセールだな……)

「それで? そうならなかったってか?」

「そうじゃ。勇者の一人が魔物に食われたんじゃ。異世界人には遊び感覚でこの世界に来たものも多い。己の力を過信し、夜の森で酒を飲み、従者の女とよろしくやっているところを、襲われたというわけじゃ」

「そいつ馬鹿だね。それが、なんか不味いことになったのか? たった1人やられたくらいだろ?」

「勇者を食った魔物が魔王種に進化したんじゃ。9体目の魔王が誕生したんじゃ。魔物は勇者を喰らうことで力を増すことを知ってしまった。形勢は逆転した。女神が自覚がないものを勇者にしたこと、妙な細胞を使って勇者を生み出したことが致命的な問題じゃった。本来、神がその命を使い与えた力は例え喰われても、魔に奪われることはない。得たいの知れぬ細胞なんぞを安易に持ち出したことで、魔を助長してしまったのじゃ。現在戦況は拮抗してはいるが、勇者の数は徐々に減り、魔王種どもの数が増えつつある。それがこの世界の現状じゃよ」

「……俺さあ、さっき死んでても一緒じゃね? そんなヤバい世界だったの?」

「……そうかもしれんな。じゃが、勇者たちも今は単独での行動は控えておるし、戦線は維持されている。お前さんは安全な土地で暮せばよい」

「気休めはよしてくれ。終わったな~。お先真っ暗だ。どうやって生きて行けばいいんだよ。こんなヤバい世界で……」

「この先にゴーザという小さな町がある。そこは比較的安全じゃ。冒険者ギルドもあるでな。そこで薬草採取でもして暮らすのが良かろう。高価な薬草が分かるようになれば、十分生活できるじゃろう」

「薬草取り……。野山を探索するんだろ? 中年にはキツイだろ?」

「……すまんな。思いの外、早く時間が来てしまったようじゃ。まだまだ話してやりたいことがあるが、ワシもここまでのようじゃ」

ジジイの上半身が透けてきた。

「待ってくれ! そういや、あんたの名前は!?」

「……クロスクメじゃ。最後に選別じゃ。受け取れい!」

そう言ってジジイは完全に消えてしまった。










    
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