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街
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足音
これは、時に安心感を私たちに与えてくれる。隣にあれば尚更だろう。後ろからでも、聞き慣れたものならば大丈夫。けれど
大半は、恐怖を生み出す
雨が私の肩を濡らしている。少々小さいこの傘では、私の体が外へ出てしまう。
申し遅れた。私はネグル。この街で隣にいる男の仕事、会社経営の補佐をさせてもらっている。とは言っても、認められていないが。
この人の説明も、念の為。グレーのスーツを着こなし、雨の中背筋を伸ばして歩くこの男は、ケイト。女性名とお思いの方もいるかもしれない。が、彼は歴とした男性だ。
本人は、この名前にコンプレックスがあるらしく、本名で呼ばれるのを嫌がっている。だから私たちは愛称のケリーと呼んであげよう。
軽く、彼の頭を小突いてみる
「ん?どうしたんだい。君が外で僕に突っかかってくるなんて、珍しいじゃないか。…まあ、雨の日についてくる事の方が珍しいがね。」
にこやかに、若干の嫌味を効かせながら返事をしてくる。何でもないよ、何でもないと再び無言で前を見る。
私が今日彼についてきたのは、念の為だ。
先日一緒に出かけた際、奇妙な老婆が奇妙な事を口走っていた。
次の雨の日は気をつけろ
また、来るぞ
我々の手には余りある災いが再び降りかかる
彼女は私の顔を見ると、慌てて路地の影と同化してしまった。そんなに怖い顔をしていた覚えはないのだが。
「なあネグル、聞いてくれるかい?」
唐突に話しかけてくるのは彼の得意技。私も心得たと言わんばかりに視線で話を促す。
「この間一緒に商談に行っただろう?その時の相手方が僕らの事気に入ってくれたみたいでね。ぜひ、もう1度堅い話は抜きにして食事に誘ってくれたんだ。どう思う?」
浮かれては駄目だ、ケリー。あのたぬきオヤジが、単純に食事に誘うと思うかい?それに、私のことは特に気に入るはずもない
「分かってるよ。どう思うって聞いたのは、今のプロジェクトを進める話をどうやってさりげなく出せばいかなって事だよ。実は今日予定を組んでるんだ。運良く君も来てくれた。今から向かおう」
彼の企業が取り組んでいる事業は、私のような未熟者には中々理解が難しい。しかし、彼が何度も噛み砕いてしてくれた説明によると、この辺りにいる多くのカラスを、カラスだけおびき寄せる装置を使って保健所へ連れていき、街を清潔に保つ、というものらしい。
最初聞いた時は、何でそんな馬鹿な事をと思った。カラスだけおびき寄せられるのか、というのもあるが、1番はやはり、そこまでカラスを目の敵にするのか。という点だった。確かにこの街には多くの鳥たちがいて、その中でもカラスは迷惑がられている。ゴミを漁るしね。
それでも、私は補佐をするだけだ。成功すれば街の人達からは感謝され、大企業へ1歩近づくであろう。ケリーのためにも、私なんかが反対するべきではない。
取引先との夕食会は無事終了した。
やっぱり、堅い話は抜きっていうの、嘘だったねケリー
「いいんだよ。それに最終的には僕達に有利な条件が加わった。融資期間の延長と、サポートの拡大。万々歳だ!」
……随分、嬉しそうだね
「そりゃそうさ。これで本格的に奴らを掃除できる。この街は素晴らしい景観をもっているのに、カラス共のせいで暗くなってる。これじゃあ、観光客はおろか、住民すら獲得できない。僕はこの街を愛してる。だから、追い払うんだ。この街のために。君には嫌がられているかもしれないけど、仕方が無いんだ。君は、他の奴らと違うって、僕は知ってるから大丈夫さ」
やっぱり、この話をしている時のケリーは嫌いだ。目が嫌な色に光ってる気がする。
どうしようもない気持ちに襲われ、来た道を私だけで戻る。追いかけてくる気配はない。ケリーが見えなくなったところで止まり、ゆっくりと空を見上げた。月明かりと僅かな街灯だけのこの道。空はケリーが嫌がっているカラスたちで溢れかえり、黒く染まっていた。
トットット…………………。いつも通りの軽快な足音でケリーを追いかける。彼はスピードを落として歩いてくれていたのか、意外とすぐに追いついた。
「すまなかったよネグル。君の前で出来るだけあの話はしないようにする」
街灯の下で止まった私に気がついたのか、振り向く。目が合う。その目線はゆっくりと私の後ろに向けられる。そこにあるのは
明かりではなく、深い闇
視線が私の後ろで固定された。驚きの表情だろうか。口が開いている。
どうしたんだいケリー。気にしないでくれ。もう、ただの補佐の私に気を使わないでいいんだよ。
ああ、この顔は驚きではない。怯えだ。
私は歩み寄る。後ろからも複数の足音がついてくる。後ずさるケリー。
最後の合図だ。高らかに足を地面へ叩きつける。
カッ、と高い音が鳴った
彼めがけて飛んでゆく、無数の仲間たち。
あぁ、哀れなケイト。君が私たちほどに賢ければ、こうなることは無かった。所詮、人間は自分たちの集団のことしか考えられぬ。他との協調の道は太古へ捨て去ったらしい。
申し遅れた。私はネグル。憎むべき者の補佐をしながら私たちの信念を見失わぬ、誇り高きカラスだ
これは、時に安心感を私たちに与えてくれる。隣にあれば尚更だろう。後ろからでも、聞き慣れたものならば大丈夫。けれど
大半は、恐怖を生み出す
雨が私の肩を濡らしている。少々小さいこの傘では、私の体が外へ出てしまう。
申し遅れた。私はネグル。この街で隣にいる男の仕事、会社経営の補佐をさせてもらっている。とは言っても、認められていないが。
この人の説明も、念の為。グレーのスーツを着こなし、雨の中背筋を伸ばして歩くこの男は、ケイト。女性名とお思いの方もいるかもしれない。が、彼は歴とした男性だ。
本人は、この名前にコンプレックスがあるらしく、本名で呼ばれるのを嫌がっている。だから私たちは愛称のケリーと呼んであげよう。
軽く、彼の頭を小突いてみる
「ん?どうしたんだい。君が外で僕に突っかかってくるなんて、珍しいじゃないか。…まあ、雨の日についてくる事の方が珍しいがね。」
にこやかに、若干の嫌味を効かせながら返事をしてくる。何でもないよ、何でもないと再び無言で前を見る。
私が今日彼についてきたのは、念の為だ。
先日一緒に出かけた際、奇妙な老婆が奇妙な事を口走っていた。
次の雨の日は気をつけろ
また、来るぞ
我々の手には余りある災いが再び降りかかる
彼女は私の顔を見ると、慌てて路地の影と同化してしまった。そんなに怖い顔をしていた覚えはないのだが。
「なあネグル、聞いてくれるかい?」
唐突に話しかけてくるのは彼の得意技。私も心得たと言わんばかりに視線で話を促す。
「この間一緒に商談に行っただろう?その時の相手方が僕らの事気に入ってくれたみたいでね。ぜひ、もう1度堅い話は抜きにして食事に誘ってくれたんだ。どう思う?」
浮かれては駄目だ、ケリー。あのたぬきオヤジが、単純に食事に誘うと思うかい?それに、私のことは特に気に入るはずもない
「分かってるよ。どう思うって聞いたのは、今のプロジェクトを進める話をどうやってさりげなく出せばいかなって事だよ。実は今日予定を組んでるんだ。運良く君も来てくれた。今から向かおう」
彼の企業が取り組んでいる事業は、私のような未熟者には中々理解が難しい。しかし、彼が何度も噛み砕いてしてくれた説明によると、この辺りにいる多くのカラスを、カラスだけおびき寄せる装置を使って保健所へ連れていき、街を清潔に保つ、というものらしい。
最初聞いた時は、何でそんな馬鹿な事をと思った。カラスだけおびき寄せられるのか、というのもあるが、1番はやはり、そこまでカラスを目の敵にするのか。という点だった。確かにこの街には多くの鳥たちがいて、その中でもカラスは迷惑がられている。ゴミを漁るしね。
それでも、私は補佐をするだけだ。成功すれば街の人達からは感謝され、大企業へ1歩近づくであろう。ケリーのためにも、私なんかが反対するべきではない。
取引先との夕食会は無事終了した。
やっぱり、堅い話は抜きっていうの、嘘だったねケリー
「いいんだよ。それに最終的には僕達に有利な条件が加わった。融資期間の延長と、サポートの拡大。万々歳だ!」
……随分、嬉しそうだね
「そりゃそうさ。これで本格的に奴らを掃除できる。この街は素晴らしい景観をもっているのに、カラス共のせいで暗くなってる。これじゃあ、観光客はおろか、住民すら獲得できない。僕はこの街を愛してる。だから、追い払うんだ。この街のために。君には嫌がられているかもしれないけど、仕方が無いんだ。君は、他の奴らと違うって、僕は知ってるから大丈夫さ」
やっぱり、この話をしている時のケリーは嫌いだ。目が嫌な色に光ってる気がする。
どうしようもない気持ちに襲われ、来た道を私だけで戻る。追いかけてくる気配はない。ケリーが見えなくなったところで止まり、ゆっくりと空を見上げた。月明かりと僅かな街灯だけのこの道。空はケリーが嫌がっているカラスたちで溢れかえり、黒く染まっていた。
トットット…………………。いつも通りの軽快な足音でケリーを追いかける。彼はスピードを落として歩いてくれていたのか、意外とすぐに追いついた。
「すまなかったよネグル。君の前で出来るだけあの話はしないようにする」
街灯の下で止まった私に気がついたのか、振り向く。目が合う。その目線はゆっくりと私の後ろに向けられる。そこにあるのは
明かりではなく、深い闇
視線が私の後ろで固定された。驚きの表情だろうか。口が開いている。
どうしたんだいケリー。気にしないでくれ。もう、ただの補佐の私に気を使わないでいいんだよ。
ああ、この顔は驚きではない。怯えだ。
私は歩み寄る。後ろからも複数の足音がついてくる。後ずさるケリー。
最後の合図だ。高らかに足を地面へ叩きつける。
カッ、と高い音が鳴った
彼めがけて飛んでゆく、無数の仲間たち。
あぁ、哀れなケイト。君が私たちほどに賢ければ、こうなることは無かった。所詮、人間は自分たちの集団のことしか考えられぬ。他との協調の道は太古へ捨て去ったらしい。
申し遅れた。私はネグル。憎むべき者の補佐をしながら私たちの信念を見失わぬ、誇り高きカラスだ
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