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助けて
しおりを挟む バシャッ。
冷たい水の感触に私は意識を取り戻した。でも、頭がぐらぐらする。
そうだ、私は薬を飲まされて。ここはどこ?
「おい、目を覚ませ」
髪の毛を掴み上げられ、頭に痛みが走る。
「や、やめて」
目を開けると、そこにあるのは、碧い瞳。そして、まぶしい金髪。
「ブライア」
最後まで名を言う前にガンっと頭を床に打ち付けられた。
「名を呼ぶことは許さぬ」
ブライアン王子が言い放つ。シャハット山に行ったんじゃなかったの? なぜ、私を? まさか、エスメラルダさんをおびき寄せるつもり?
「何もかも、お前のせいだ。お前がいなければ、エスメラルダは罪人のように辺境領に逃げ帰ったはずだ。恥ずかしくて外にも出られなかったはずだ。それがお前のせいで、堂々と出歩いている。代わりに俺が山で謹慎とはどういうことだ」
俺って、王子様の言葉遣いじゃないなあ。まわりにロクな人間がいないんだろう。
まだ、ぼんやりとした頭でそんなことを考えた。
「山に行く前にお前だけはと思っていた。奴隷のくせに生意気なんだよ」
ああ、エスメラルダさんは隙がないから手が出せない。奴隷なら自由にできる。だから、私で我慢しようというわけね。
「おい、余裕だな。怖くないのか。ほら」
うつむいた頭の上に重みがかかる。踏まれている。
顔が床に押しつけられる。でも、きれいな床だ。滑らかで汚れひとつない。
待って。この床を私は知っている。
私の店だ。悩んで悩んで、決めたから間違いない。
「おいっ、何か言ってみろ」
髪を掴まれ、また、頭が持ち上げられる。
ブライアン王子の両脇に二人の男性。それから、私の頭を掴んでいる人。それから、少し離れたところに十人ぐらい人がいる。
逃げられない。
近所の人はこの店に変な人間が入って行ったと気づいてくれないだろうか。そして、騎士団に連絡してくれないだろうか。
「助けて」
大きな声を出したつもりなのに声が掠れた。これじゃあ、外には届かない。
「叫んだら、その舌を切ってやろう」
ブライアン王子の横に立っていた男性が剣を抜き、ピタピタと私の顔に当てた。
「怖くて声が出ないか」
馬鹿にしたような声。でも、私はそれどころじゃなかった。男性が動いたことで後ろに別の人が倒れているのに気づいた。ピクリともしない。
「アンディさん?」
「ああ、ここに入ろうとしたら抵抗するから、ちょっと、叩きのめした。年寄りにはきつかったかな」
「アンディさん」
まさか、死んでないよね。大丈夫だよね。
「他に言うことがあるだろう」
王子の不満そうな声。私が泣き叫んで命乞いをするとでも?
「お許しください」
馬鹿野郎と言いたいけど、さすがに刺激するのはまずいだろう。
「いいや、許さぬ」
王子は楽しそうだ。
「あの、どうせ、殺すなら、その前にちょっと、楽しませてもらえませんか」
少し離れたところの男たちがニヤニヤと言う。王子の部下とは思えない。ただのゴロツキのような男たち。
「いや、騎士を誑かすような女だ。やめておけ」
そう言う王子の視線も私の胸元に行っている。ああ、あの新聞を読んだんだ。本当に誑かすことができたら、逃げることもできるかもしれないけど、私には無理。
「その代わり、ここにある物は何でも好きなだけ持っていくがいい」
そう言われると、ゴロツキたちは小物売場に向かった。
「このかんざしを女にやったら、喜ぶぞ」
「これはなんだ」
POPが払いのけられ、踏みにじられる。
「あ、あ」
思わず、声がもれた。
「なるほど、ここが壊されるのが嫌か」
ブライアン王子はにやりと笑って命じる。
「お前たち、好きなだけ奪え、好きなだけ壊せ」
ドライヤーが鏡に投げつけられ、鏡が割れる。床に唾を吐く。持ち込んでいたのか、ウイスキーのようなお酒が壁にかけられる。
「やめて、やめて」
声を上げる私を嬉しそうに王子は眺める。
「この女の手を前に出せ」
手首を掴まれ、両手を床に固定される。
「もう二度とあの女の髪を整えることができないようにしてやろう」
王子がスラリと剣を抜く。
「指を一本ずつがいいか、まとめてがいいか?」
「お許しください。お許しください」
体の震えが止まらない。手がなくなれば、美容師ではいられない。私の夢はもう終わりだ。王子はそんな私を見て、楽しんでいる。
「奴隷が成り上がろうとするから悪いんだ」
振り下される剣。
私はとっさに体で手をかばった。
背中に熱が走ったような気がした。息が詰まる。
「この生意気な」
何度も痛みが走る。ああ、私、馬鹿だ。手をかばって死んでいくんだ。
母さん、母さん。助けて。
涙がにじむ。
ああ、レオさん。会いたかった。せめて、会いたかった。レオさん。
私は胸を押さえ、気づいた。
そうだ、ここにレオさんからもらった飛紙がある。
必死になって、胸元をさぐった。袋のままではドレスのラインが崩れるからと、今日のドレスには隠しポケットをつけてくれたんだった。服が濡れているから、取り出しづらい。
「おい、何をしている」
体を上向きにひっくり返された。手がむき出しになる。切られる前に。早く。
何とか取り出したのに、濡れているからか、何も起きない。
両手で握りしめ、願う。
助けて。
レオさん。
せめて、もう一度、顔が見たい。
手の中が少しずつ光りだした。
「何だ、それは」
両手を引き離されても、飛紙はぼんやりと光を放ちながら、宙に浮かんでいる。
お願い。レオさん!
急に光が強まったかと思うと、シュッと飛紙はその姿を消した。
冷たい水の感触に私は意識を取り戻した。でも、頭がぐらぐらする。
そうだ、私は薬を飲まされて。ここはどこ?
「おい、目を覚ませ」
髪の毛を掴み上げられ、頭に痛みが走る。
「や、やめて」
目を開けると、そこにあるのは、碧い瞳。そして、まぶしい金髪。
「ブライア」
最後まで名を言う前にガンっと頭を床に打ち付けられた。
「名を呼ぶことは許さぬ」
ブライアン王子が言い放つ。シャハット山に行ったんじゃなかったの? なぜ、私を? まさか、エスメラルダさんをおびき寄せるつもり?
「何もかも、お前のせいだ。お前がいなければ、エスメラルダは罪人のように辺境領に逃げ帰ったはずだ。恥ずかしくて外にも出られなかったはずだ。それがお前のせいで、堂々と出歩いている。代わりに俺が山で謹慎とはどういうことだ」
俺って、王子様の言葉遣いじゃないなあ。まわりにロクな人間がいないんだろう。
まだ、ぼんやりとした頭でそんなことを考えた。
「山に行く前にお前だけはと思っていた。奴隷のくせに生意気なんだよ」
ああ、エスメラルダさんは隙がないから手が出せない。奴隷なら自由にできる。だから、私で我慢しようというわけね。
「おい、余裕だな。怖くないのか。ほら」
うつむいた頭の上に重みがかかる。踏まれている。
顔が床に押しつけられる。でも、きれいな床だ。滑らかで汚れひとつない。
待って。この床を私は知っている。
私の店だ。悩んで悩んで、決めたから間違いない。
「おいっ、何か言ってみろ」
髪を掴まれ、また、頭が持ち上げられる。
ブライアン王子の両脇に二人の男性。それから、私の頭を掴んでいる人。それから、少し離れたところに十人ぐらい人がいる。
逃げられない。
近所の人はこの店に変な人間が入って行ったと気づいてくれないだろうか。そして、騎士団に連絡してくれないだろうか。
「助けて」
大きな声を出したつもりなのに声が掠れた。これじゃあ、外には届かない。
「叫んだら、その舌を切ってやろう」
ブライアン王子の横に立っていた男性が剣を抜き、ピタピタと私の顔に当てた。
「怖くて声が出ないか」
馬鹿にしたような声。でも、私はそれどころじゃなかった。男性が動いたことで後ろに別の人が倒れているのに気づいた。ピクリともしない。
「アンディさん?」
「ああ、ここに入ろうとしたら抵抗するから、ちょっと、叩きのめした。年寄りにはきつかったかな」
「アンディさん」
まさか、死んでないよね。大丈夫だよね。
「他に言うことがあるだろう」
王子の不満そうな声。私が泣き叫んで命乞いをするとでも?
「お許しください」
馬鹿野郎と言いたいけど、さすがに刺激するのはまずいだろう。
「いいや、許さぬ」
王子は楽しそうだ。
「あの、どうせ、殺すなら、その前にちょっと、楽しませてもらえませんか」
少し離れたところの男たちがニヤニヤと言う。王子の部下とは思えない。ただのゴロツキのような男たち。
「いや、騎士を誑かすような女だ。やめておけ」
そう言う王子の視線も私の胸元に行っている。ああ、あの新聞を読んだんだ。本当に誑かすことができたら、逃げることもできるかもしれないけど、私には無理。
「その代わり、ここにある物は何でも好きなだけ持っていくがいい」
そう言われると、ゴロツキたちは小物売場に向かった。
「このかんざしを女にやったら、喜ぶぞ」
「これはなんだ」
POPが払いのけられ、踏みにじられる。
「あ、あ」
思わず、声がもれた。
「なるほど、ここが壊されるのが嫌か」
ブライアン王子はにやりと笑って命じる。
「お前たち、好きなだけ奪え、好きなだけ壊せ」
ドライヤーが鏡に投げつけられ、鏡が割れる。床に唾を吐く。持ち込んでいたのか、ウイスキーのようなお酒が壁にかけられる。
「やめて、やめて」
声を上げる私を嬉しそうに王子は眺める。
「この女の手を前に出せ」
手首を掴まれ、両手を床に固定される。
「もう二度とあの女の髪を整えることができないようにしてやろう」
王子がスラリと剣を抜く。
「指を一本ずつがいいか、まとめてがいいか?」
「お許しください。お許しください」
体の震えが止まらない。手がなくなれば、美容師ではいられない。私の夢はもう終わりだ。王子はそんな私を見て、楽しんでいる。
「奴隷が成り上がろうとするから悪いんだ」
振り下される剣。
私はとっさに体で手をかばった。
背中に熱が走ったような気がした。息が詰まる。
「この生意気な」
何度も痛みが走る。ああ、私、馬鹿だ。手をかばって死んでいくんだ。
母さん、母さん。助けて。
涙がにじむ。
ああ、レオさん。会いたかった。せめて、会いたかった。レオさん。
私は胸を押さえ、気づいた。
そうだ、ここにレオさんからもらった飛紙がある。
必死になって、胸元をさぐった。袋のままではドレスのラインが崩れるからと、今日のドレスには隠しポケットをつけてくれたんだった。服が濡れているから、取り出しづらい。
「おい、何をしている」
体を上向きにひっくり返された。手がむき出しになる。切られる前に。早く。
何とか取り出したのに、濡れているからか、何も起きない。
両手で握りしめ、願う。
助けて。
レオさん。
せめて、もう一度、顔が見たい。
手の中が少しずつ光りだした。
「何だ、それは」
両手を引き離されても、飛紙はぼんやりと光を放ちながら、宙に浮かんでいる。
お願い。レオさん!
急に光が強まったかと思うと、シュッと飛紙はその姿を消した。
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