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第一章
気持ち
しおりを挟む「ありがとうございます。ありがとうございます」
私のカットを認めてくれた。この世界で初めて、認めてくれた。嬉しい。嬉しいけれど。
「申し訳ございません。お断りさせてください。私はずっと自分の店を開くことを夢見てきました。でも、髪を切るのはこの国では禁忌。諦めがなかったと言うと嘘になります。それがエスメラルダ様のおかげで私も救われました。これから、たくさんの人の魅力を引き出したいです。そのために自分の店を開きます」
エスメラルダさんが笑った。
「残念。でも、お互い、救われてよかったわね。ただ、私の今の髪型の維持はお願いできるかしら」
「はい、一カ月に一回、髪を切らさせてください。普段のお手入れ方法は侍女の方にお教えします」
「よろしくね」
メイクが終わった。エスメラルダさんの印象は昨晩と違う。フレッシュな魅力にあふれている。
アーネットさんとフランチェスカさんは次の仕事があると帰ってしまったので、侍女たちに髪のお手入れを教えることになった私だけが残ることになった。エスメラルダさんを馬車のところまでお見送りする。
「エスメラルダ、今日も素敵だね」
振り返ると、きっちりとした服装をした細身の男性がいる。紺色のまっすぐな髪に眼鏡をかけていた。
「本当、きれいだよ」
何で? なぜ、その後ろにレオさんがいるの?
エスメラルダさんのことをきれいって言った。私には言わなかったのに。あれ? エスメラルダさんがきれいなのは事実で、私は普通だし……。
「王宮で変なことを言われたら、すぐに戻って来い。私たちが仕返ししてやるから」
「ええ、その時はお願いね」
エスメラルダさんを見送ると、眼鏡の男性が振り返って頭を下げた。
「マリアさんですね。ありがとう。ひどい目にあったのにエスメラルダが元気なのは君のおかげだ」
「あの、顔を上げてください。平民にそんなことをされたら、困ってしまいます」
そう言うと、男性は顔を上げて、微笑んだ。この人も顔が整っているなあ。
「私はハロルド・アルバ。エスメラルダの従兄弟だ。エスメラルダが君を雇いたいと言っていたけど、どうなったのかな」
「すみません、お断りしました。その代わり、昼食後に侍女のみなさんに髪のお手入れ方法を教えることになっています」
「そうか、残念だな。他の貴族のところに入る予定があるの?」
「いえ、自分の店を開くつもりです」
私は決意表明のように言った。自分の店を開くと言うたびに気持ちが強くなるような気がする。
お昼を外に食べに行く必要はないと、ハロルドさんとレオさんと一緒に食べることになってしまった。緊張するが、ダンスに比べると、食事マナーはきちんと習っているから、大丈夫なはず。
食事はおいしそうだけど、フレンチのフルコース並みの量がテーブルに並んだ。ワインの好みを尋ねられたので、慌てて断る。レオさんも断ったら、レモン水のようなものを出してくれた。
そうだ、謝っておかないと。
「あの、レオさん、昨日はご迷惑かけてすみませんでした」
「いや、別に迷惑だなんて」
「大丈夫、酔っ払ってご機嫌だったから。屋敷に泊まって、よかったな。また、マリアさんと会えたじゃないか」
ハロルドさんがからかうように言うと、レオさんの耳が赤くなった。私を送った後も機嫌がよかったということは楽しかったと思ってもらえたのかな。
「マリアさん、レオのこと、どう思います?」
「えっ?」
「いい年なのに彼女もいないんですよ」
嘘。彼女もいないという言い方からすると、独身?
「あの、レオさんは素敵です。優しくて、まるでお父さんみたいで」
ハロルドさんが吹き出した。
「お父さん! おいおい、レオ、もっと、頑張らないと。それにしても、ひどいなあ。私とレオは同い年なんですよ」
「す、すみません」
ハロルドさんはどう見ても二十代に見える。レオさんは四十代だと思っていたけど、もっと、若いのだろうか。三十代?
若いなら、ますます、エスメラルダさんとお似合いかも。
私は頭を振った。
「ハロルド、あまり、変なことは言わないでくれ。マリアさんには恋人がいるんだ」
「い、いません、そんな人」
レオさんに私は慌てて反論した。
「ジェシーとデートしていただろう」
「あれはこの街を案内してくれていただけで」
「でも、ジェシーは本気だと思うよ」
ドキリとした。手の甲にキスをされたことを思い出してしまう。本当に本気だったら、どうしよう。
「マリアさん、顔が赤いよ」
ハロルドさんにからかうように言われた。
「ハロルド、人をからかってる場合か」
レオさんは不機嫌に続けた。
「エスメラルダの婚約破棄を呑気に喜んでる場合じゃないぞ。マリアさんのおかげで変身したエスメラルダには求婚者が列を作るからな」
「わかっている。もう、手紙が何通も来ているよ。ただ、私はそんな大それた望みなんか持ってない」
「何が大それた望みなんだ。エスメラルダが好きなんだろう」
あれ? レオさんはエスメラルダさんとハロルドさんをくっつけようとしている?
「行動しないと、わからないじゃないか」
「私は剣もまともに扱えないような軟弱者だ。レオならともかく、私は辺境伯にはふさわしくない。ただ、エスメラルダがどんな相手を選んでも文官として支えるつもりだ」
ハロルドさん、かっこいい!
ああ、こんなふうに愛されるなんて、羨ましいな。
私はハロルドさんの気持ちに夢中になって、自分の中に芽生えてきた気持ちにその時は気づかなかった。
私のカットを認めてくれた。この世界で初めて、認めてくれた。嬉しい。嬉しいけれど。
「申し訳ございません。お断りさせてください。私はずっと自分の店を開くことを夢見てきました。でも、髪を切るのはこの国では禁忌。諦めがなかったと言うと嘘になります。それがエスメラルダ様のおかげで私も救われました。これから、たくさんの人の魅力を引き出したいです。そのために自分の店を開きます」
エスメラルダさんが笑った。
「残念。でも、お互い、救われてよかったわね。ただ、私の今の髪型の維持はお願いできるかしら」
「はい、一カ月に一回、髪を切らさせてください。普段のお手入れ方法は侍女の方にお教えします」
「よろしくね」
メイクが終わった。エスメラルダさんの印象は昨晩と違う。フレッシュな魅力にあふれている。
アーネットさんとフランチェスカさんは次の仕事があると帰ってしまったので、侍女たちに髪のお手入れを教えることになった私だけが残ることになった。エスメラルダさんを馬車のところまでお見送りする。
「エスメラルダ、今日も素敵だね」
振り返ると、きっちりとした服装をした細身の男性がいる。紺色のまっすぐな髪に眼鏡をかけていた。
「本当、きれいだよ」
何で? なぜ、その後ろにレオさんがいるの?
エスメラルダさんのことをきれいって言った。私には言わなかったのに。あれ? エスメラルダさんがきれいなのは事実で、私は普通だし……。
「王宮で変なことを言われたら、すぐに戻って来い。私たちが仕返ししてやるから」
「ええ、その時はお願いね」
エスメラルダさんを見送ると、眼鏡の男性が振り返って頭を下げた。
「マリアさんですね。ありがとう。ひどい目にあったのにエスメラルダが元気なのは君のおかげだ」
「あの、顔を上げてください。平民にそんなことをされたら、困ってしまいます」
そう言うと、男性は顔を上げて、微笑んだ。この人も顔が整っているなあ。
「私はハロルド・アルバ。エスメラルダの従兄弟だ。エスメラルダが君を雇いたいと言っていたけど、どうなったのかな」
「すみません、お断りしました。その代わり、昼食後に侍女のみなさんに髪のお手入れ方法を教えることになっています」
「そうか、残念だな。他の貴族のところに入る予定があるの?」
「いえ、自分の店を開くつもりです」
私は決意表明のように言った。自分の店を開くと言うたびに気持ちが強くなるような気がする。
お昼を外に食べに行く必要はないと、ハロルドさんとレオさんと一緒に食べることになってしまった。緊張するが、ダンスに比べると、食事マナーはきちんと習っているから、大丈夫なはず。
食事はおいしそうだけど、フレンチのフルコース並みの量がテーブルに並んだ。ワインの好みを尋ねられたので、慌てて断る。レオさんも断ったら、レモン水のようなものを出してくれた。
そうだ、謝っておかないと。
「あの、レオさん、昨日はご迷惑かけてすみませんでした」
「いや、別に迷惑だなんて」
「大丈夫、酔っ払ってご機嫌だったから。屋敷に泊まって、よかったな。また、マリアさんと会えたじゃないか」
ハロルドさんがからかうように言うと、レオさんの耳が赤くなった。私を送った後も機嫌がよかったということは楽しかったと思ってもらえたのかな。
「マリアさん、レオのこと、どう思います?」
「えっ?」
「いい年なのに彼女もいないんですよ」
嘘。彼女もいないという言い方からすると、独身?
「あの、レオさんは素敵です。優しくて、まるでお父さんみたいで」
ハロルドさんが吹き出した。
「お父さん! おいおい、レオ、もっと、頑張らないと。それにしても、ひどいなあ。私とレオは同い年なんですよ」
「す、すみません」
ハロルドさんはどう見ても二十代に見える。レオさんは四十代だと思っていたけど、もっと、若いのだろうか。三十代?
若いなら、ますます、エスメラルダさんとお似合いかも。
私は頭を振った。
「ハロルド、あまり、変なことは言わないでくれ。マリアさんには恋人がいるんだ」
「い、いません、そんな人」
レオさんに私は慌てて反論した。
「ジェシーとデートしていただろう」
「あれはこの街を案内してくれていただけで」
「でも、ジェシーは本気だと思うよ」
ドキリとした。手の甲にキスをされたことを思い出してしまう。本当に本気だったら、どうしよう。
「マリアさん、顔が赤いよ」
ハロルドさんにからかうように言われた。
「ハロルド、人をからかってる場合か」
レオさんは不機嫌に続けた。
「エスメラルダの婚約破棄を呑気に喜んでる場合じゃないぞ。マリアさんのおかげで変身したエスメラルダには求婚者が列を作るからな」
「わかっている。もう、手紙が何通も来ているよ。ただ、私はそんな大それた望みなんか持ってない」
「何が大それた望みなんだ。エスメラルダが好きなんだろう」
あれ? レオさんはエスメラルダさんとハロルドさんをくっつけようとしている?
「行動しないと、わからないじゃないか」
「私は剣もまともに扱えないような軟弱者だ。レオならともかく、私は辺境伯にはふさわしくない。ただ、エスメラルダがどんな相手を選んでも文官として支えるつもりだ」
ハロルドさん、かっこいい!
ああ、こんなふうに愛されるなんて、羨ましいな。
私はハロルドさんの気持ちに夢中になって、自分の中に芽生えてきた気持ちにその時は気づかなかった。
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