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椰子ふみの

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第一章

セクシー

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 学校での十一夜君はまるでいつも通りだった。
 つまり休み時間は机に突っ伏して眠り、授業中は案外真面目にノートを取ったりしているいつも通りの十一夜君だ。

 わたしも何事も無かったかのように普段通り振る舞うようにした。
 とは言え、勿論内心では進藤君のことや彼の義妹さんのことが気に掛かりながらのことではあったのだが。

 今日の授業が終わるまで十一夜君はいつもの調子でそうしていて、放課後スマホに通知があり暫くそれを見ていたのだが、おもむろに伸びをして立ち上がると、鞄を持って出て行った。

 いよいよなのだな。
 十一夜君が教室を出て行く後姿を目で追いながら、なぜかわたしの方も気合が入る。多分十一夜君はいつもの様に力の抜けた状態なんだろうけどもね。

 そんなわたしを見ていた楓ちゃんが、友紀ちゃんに目配せして何かまた良からぬ詮索をしているようだ。
 こっちはそれどころではないのだ。
 このところ続いている不穏な事件の重要参考人を、十一夜君がこれから取調べするのだ。それに何しろ進藤君が非常に危険な目に遭っているのだ。
 君達に構っている暇はないのだよ。

 それから二時間程も経った頃だろうか。自宅にて今日の授業の復習を終えて、明日の予習をしていた時だった。
 十一夜君と聖連ちゃんと作ったLINEのグループに聖連ちゃんからの書き込みがあった。

『進藤杏奈を計画通り連行。現在廃倉庫で、これから圭ちゃんが尋問開始します。ここまで暴力も薬物投与もありませんのでご安心ください』

 決して穏やかじゃないが、聖連ちゃんがわざわざ暴力も薬物投与も無しと知らせてくれたので、ちょっと安心することができた。

 でも尋問ってどんなことしてるのか気になるものだ。そしてどんなことを尋問するんだろうか。わたしに及んだ危険はその子とどう関わっているんだろうか。

 次から次へと浮かんでくる疑問に、早く次の報告が来ないかなと、何度もスマホの画面を確認してしまうのだった。

 次に書き込みがあったのは、進藤君の件についてだった。

『恭平さんから、進藤先輩は意識も戻り体力的にも良好との連絡あり。義妹さんの尋問結果によって進藤先輩をご自宅に戻せるかどうかを判断します』

 進藤君、取り敢えず体の具合は回復したようで何よりだ。
 後のことは義妹さん次第だけど。

 その後、下の階に降りて夕食の支度の時間になったので、あまり携帯を見てもいられなかった。

 食後、家族皆でテレビを見たりお喋りしたりして一緒に過ごしたが、不自然にならない程度に早めに部屋に引き上げた。

 部屋に戻るなり、スマホをチェックするが、あの後特に書き込みはなかったようだ。

 ちょっとがっかりしてベッドに仰向けになって溜息を吐いた途端に着信。隠しカメラでも仕込まれているのではないかとまた部屋を見回してしまった。

 結論から言えば、進藤君と義妹さんは自宅へ送り届けられたそうだ。

 進藤君も義妹さんも、一時的に催眠術によって記憶操作が行われているそうだが、あくまで一時的な措置だそうで、事情聴取も引き続き少しずつ時間を掛けて行なっていくそうだ。

 今日の詳しい内容については、明日改めて、放課後に甘味処うさぎ屋で話そうとのことだった。

 進藤君も義妹さんも自宅に戻れるそうだし、根本的な問題解決にはなっていないが、取り敢えず危急の事態は回避できたようだ。

 今回の一件では、わたしの浅はかな正義感のせいで十一夜君達には随分迷惑を掛けてしまった。
 迷惑ついでというわけではないが、ここは十一夜君に任せておいた方がいいのだろう。

 自分にできることが何もないというのは、実に歯痒いものだが、力のないわたしには今は寝るよりすることがない。わたしはその日、無力さを噛み締めながら、無理矢理自分を納得させるようにして床に就いたのだった。

 そうして過ごした夜も開けた翌日のこと、登校するなりまた細野先生に呼び出された。

 手紙か、或いは鉢を落とされた件か、何かそれに関して進展でもあったのだろうかと期待しながら相談室へと向かったのだが、待ち受けていた先生の表情は暗かった。

「おはようございます、細野先生。どうしたんですか? 朝から冴えない顔して」

「お、来たか、華名咲。随分な言い方だな、おい。冴えない顔は元々だよ」

「あ、確かに」

「おい、そこは一応否定しとけ。年長者に気を遣うってことも覚えた方がいいんだぞ」

 漸くいつもの調子に戻った細野先生だが、この後の話し出しは再び重そうな調子だった。

「あのな、ここだけの話だぞ。妙な噂が流れて来てな……」

「妙な噂……ですか?」

 何だろう。丹代さんのことだろうか、それとも進藤君の義妹さんのこと? いずれにしても調査や救出は十一夜君達によって、誰にも知られることなく水面下で行なわれているし、情報が漏れる心配はないはず。

「うん。転校して行った丹代花澄な、ご両親は確かに海外に行かれたんだが、彼女だけ海外に渡航していないっていう噂なんだよ。まぁ、それだけならまだしもな、何処の学校にも編入してなくて行方不明になっているという縁起でもない噂が立ってるんだ。お前、何か知ってること無いよな?」

 それか……。流石に十一夜君の情報からは遅れている上に情報の確度が低いとは言え、一般人である先生が掴んだ情報としては上出来か。

「いえ、特には何も……」

「そうか、そうだよなぁ……まぁ、噂は噂に過ぎないからな」

 ま、そうなんだけど、そんな噂が何処から流れたんだかなぁ……。
 本当のことを漏らすわけにも行かないので、申し訳ないけど今のところ噂は噂のままにしておくしか無い。

「呼び出して悪かったな。もしかして何か知らないかなと思ったもんだから……」

 それはなかなか鋭い判断だったけど、言えなくてごめんなさい。

「お役に立てなくてすみません。他に何か分かったこととかはないですか?」

「う~ん、今のところはないかなぁ~。丹代の協力者というか、グルがいたに違いないんだがなぁ~。手がかりが一切無いんだ~」

「そうですか……仕方がないですね……」

「あぁ、すまんな。その後、危険な目に遭ったりしてないだろうな?」

「え? あぁ、はい。大丈夫です……」

 ガチでやばい目にはたまに遭ってるけど、まあ、十一夜君に助けてもらってるから大丈夫だ。むしろ先生を巻き込むわけにはいかない。

 それから相談室を後にして教室に戻った。
 放課後まではいつも通り、鉢が降ってくることも階段から突き落とされることもない、極々普通の学校生活だ。

 秋菜には言っておいたのだが、再び甘味処うさぎ屋に寄り道することになっていたので、別々に帰った。

 十一夜君と聖連ちゃんとうさぎ屋。この取り合わせもすっかり違和感なくなってきたな。
 やってることはこの美味しくて幸せな甘味処にはまったく似合わないんだけど。

 我々三人は、例の如く抹茶エスプーマ善哉を注文して、昨日の顛末についての話し合いをした。

「昨日、聖連が進藤杏奈を連れ出して、催眠術で話を聞き出した」

「催眠術……流石忍者……」

「うん、それでね。まずは進藤君をどうするつもりだったのか訊いてみたんだよ」

 流された! サラッと流された……。流石忍者の部分流されたよ。
 マジで当たり前だという感じなんだろうな、十一夜君にとっては。
 まあ今はそれはいいや。そうそう、進藤君だ。

「進藤君のこと、どうするつもりだったの?」

「ああ、それがね、話を聞いてもどうにも要領を得なくてさ……」

 要領を得ない? 十一夜君でも手こずる事があるんだなぁ。ちょっと意外だけども……。

「もぉ、圭ちゃんったら察しが悪いんだもん」

「え?」

 聖連ちゃんが十一夜君を呆れた様子で見やりながらそう言うもんだから思わず意味が分からず聞き返してしまった。
 それには構わず、十一夜君が話を続ける。

「結局進藤杏奈は、何にも考えてなかったんだよ。計画性の無い、感情に任せた極めて稚拙な犯行だったんだ」

 何と、ただ感情に任せてあんな事ができるものなのか? 意味が分からんぞ。

「え、全然意味分かんないんだけど……?」

「ごめん、そうだよね。シンプルに言うと、進藤杏奈は、血の繋がってない義兄である進藤君に恋愛感情を抱いてしまった。でも進藤君はあくまで妹としてしか自分のことを見てくれない。進藤杏奈はそのことに不満を抱いていたようだ」

 なるほど……。まぁ、ありそうな話ではあるよな。でもだからってそこまでするのか……。よく分からんなぁ。

「それが今回の事件の動機なの?」

「うん、まぁ、そうなんだけど……。それだけじゃないんだよな。進藤君は華名咲さんに対して恋愛感情を抱いている。そのことを知った進藤杏奈が嫉妬に狂ったっていうのが、問題の核にあるんだけど、ただことはもうちょっとややこしい」

 何と……わたしも原因の一端だったと? まじかよ……。
 確かに、それが原因でわたしが進藤君の義妹さんから恨みを買っていて、これまで起こった不穏な出来事も彼女が裏で糸を引いていたと考えれば、筋が通らないでもない。

「ややこしいっていうのは、例の組織が関わっているってところ?」

「まぁ、そういうことになるかな。だけど進藤杏奈と組織との関係性がまだはっきり聞き出せていないんだ。僕の勘なんだけど、どうも進藤杏奈自身も、他の誰かから利用されていたんじゃないかっていう印象なんだよなぁ……」

 なるほど……。
 黒幕はやっぱり例の組織の人間なのだろうか。それとも進藤杏奈自身も組織に深く関わる人間なのだろうか。
 その辺のところも、追々明かされて行くのかもしれない。

 十一夜君が今回使った術は、元々自分が潜入することができない組織に対して密通者を作ることを目的とした術だそうで、その性格上、一気に何もかも聞き出すのには無理があるようだ。

「進藤君か……華名咲さんのこと、さっさと諦めればいいのにな」

 十一夜君がボソリと呟いて、それを見た聖連ちゃんがまたボソリと呟く。

「圭ちゃん、心の声ダダ漏れ」

 まぁ、わたしも進藤君に好かれてもその気持には応えられないので、十一夜君の意見には正直賛成だ。
 だけど今の進藤家の兄妹は、なかなか危ういバランス上にあるようだし、かなりの危機的状況でもある。

 進藤君に対する多少の後ろめたさもあり、わたしは十一夜君の言葉は聞こえなかったふりをして、抹茶エスプーマ善哉を食べることに集中したのだった。
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