上 下
6 / 31

初仕事

しおりを挟む
 ボンキュッボン。ボンキュッボン。素晴らしいスタイルの裸体が並ぶ中で貧相な体をさらしながら、私は叫ぶ。

「昨日から髪結いと化粧のために雇われましたマリアです。よろしくお願いします。みなさんの髪の毛を洗わせてください」

 女性たちはチラリと私を見ると、また、おしゃべりに戻る。まあ、こんなところで自己紹介する奴って怪しすぎるよね。フランチェスカさんは後で紹介するって言ってたけど、私はもう仕事がしたい。まずはシャンプーからだ。

「髪の毛を洗わせてください。お手入れします。きれいにしますよ」

 キョロキョロしながら、色とりどりの髪を眺める。結う前の髪を覚えたい。

「試してみませんか? どなたか……」

 声を上げていると、肩を叩かれた。

「イブさん」
「お願いするわ。昨日のように結ってもらうことなるんでしょう」
「はい、髪飾りも届きます」
「じゃあ、お願い」

 イブさんが小さな椅子に腰掛けるので、私はシャワーを手に取った。中世っぽいのにシャワーやシャンプーがあるのが不思議だ。リンスまである。お風呂好きの落ち人がいたのかもしれない。
 まずはシャンプーなしで洗い流す。それから、シャンプーを泡立てて、一回目。流して二回目。リンスをつけて、流したら次は。

「かゆいところはないですか?」
「ないけど」
「少し頭をマッサージします。髪にもお肌にもいいんですよ」

 頭皮マッサージには慣れていないだろうから、少し力は抑え目にする。

「変な感じ。でも、気持ちいい」

 イブさんの言葉に嬉しくなる。軽く肩を揉んで終了。

「あと、髪の毛を乾かすのも私がしますから、声をかけてください」

 イブさんが湯船に入ると、また、他の人に声をかける。私には声をかけずにイブさんに話しかける人はいる。うわっ、何を話しているか気になる。
 ウロウロしながら、次にシャンプーする相手を探したけど、誰も相手にはしてくれなかった。

「私の髪を乾かしてくれるんでしょ。もうすぐ、上がるから、あなたもきれいにしなさいよ」

 イブさんには言われ、私は慌てて自分を洗うと、お風呂を出た。
 さて、ドライヤーがない。いや、ワゴンの中にあるけど、コンセントなんかないよね。でも、くせで手に持つとすぐにスイッチを入れてしまった。ブォー。いきなり、暖かい風が出る。え、コンセントを繋いでないのに動くの? すごい。さすが、魔法の国。

「何」

 大きな音にイブさんがおびえてしまった。

「私の国の魔法道具です。髪の毛を乾かす道具です。風が出るので少しうるさいですが、我慢してください」

 まさか、チートな能力を得たのがドライヤーだったとは。でも助かる。トリートメントオイルをなじませてから、ブラシで少し引っ張るようにして、髪の毛を乾かしていく。最後は冷たい風で仕上げ。うん、きれい。染めたりしていないせいか、つやつやの髪には天使の輪ができている。

「イブさん、仕上げは着替えてからになります。その時に化粧もさせてもらいますからね」

 さてと。私はお風呂に戻って、声を張り上げた。

「髪の毛を洗わせてください」

 叫んでも、フランチェスカさんに呼ばれるまで、誰も私にシャンプーを頼む人はいなかった。

「間に合ったよ」

 フランチェスカさんはテーブルの上のかんざしを指し示した。全部で十本。銀が四本、残りは金。すべて一本足のかんざしだけど、ゴージャスすぎる。繊細なチェーンで小さな石が藤の花のようにぶら下がっているもの。大きな石が一つ、存在感を放っているものがあれば、花の型に彫刻された石が付いているものもある。

「きれい」
「四人の子にこちらの銀のかんざしをつけてもらいたいんだ」
「あの、銀の方が少し地味というか、安そうというか」
「ああ、金の方はお客さんに買わすつもりだから」
「そんな、うまくいくんですか」
「うまくいくようにきれいに飾ってやってくれ」

 フランチェスカさんに選ばれた四人がやってきた。ドレスを身につけた姿はタイプがそれぞれ違うけど、みんな綺麗。
 もちろん、最初はイブさんだ。髪をねじって、かんざしで留めて。

「イブさん、他の人に外し方を見せてください」

 頼むと、イブさんは三人の前に背を向けて立ち、手をしなやかに上げると、かんざしを抜いた。パラリ。頭を振ると、髪がサラリと落ちる。シャンプーのコマーシャルみたいだ。丁寧に仕上げたから、サラサラだ。

 イブさんの髪をもう一度、夜会巻きにして、それから、化粧をする。選んだかんざしは赤い宝石一つにしたので、化粧もそれに合わせる。ベースは丁寧に。アイライナーは長めに赤。まつげはまっすぐのままで、マスカラで長さを出す。口紅も赤にするとエキゾチック美人だ。

「きれいにしてくれてありがとう」

 言われるとドキドキするほど、色っぽい。
 その姿を見て、乗り気でない感じだった四人がやる気になった。こうなってくると私も楽しい。黒髪じゃない髪の毛に合わせる色を考えるのも楽しい。

 サラサさん。ふわふわレモンイエローの髪。夜会巻きは小花のかんざしで、ところどころ、髪の毛をゆるめる。目は丸さを強調して可愛く仕上げる。

 シルヴィアさん。ウェーブした明るい金髪に薔薇のかんざし。お姫様をイメージしよう。おくれ毛は抜き出して、カールアイロンで巻く。チートなのはドライヤーだけでなかった。アイロンも動く。ぱっちりなおめめはあまり、手をかけず、ビューラーでまつ毛をカールさせる。

 ジュリーさん、栗色のストレート。両脇を少し編み込みにしてから夜会巻き。色とりどりの宝石がついたかんざし。宝石の中の赤に似た色をリップに青に似た色をアイシャドウに。

「完成です」

 全員のヘアメイクが出来上がるまで、誰も出ていかずに見ていたことに気づいた。

「ありがとう」「こんなの初めて」「これからもお願いね」

 かけられる言葉が嬉しい。

「さ、みんながんばって、売り込むんだよ」

 フランチェスカさんの言葉にみんな、うなずいて、支度部屋を出て行った。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

夫が選んだのは妹みたいです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,578pt お気に入り:575

出会ってはいけなかった恋

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:27,009pt お気に入り:725

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:139,225pt お気に入り:8,628

夫には愛人がいます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,738pt お気に入り:275

どうぞ不倫してください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,950pt お気に入り:575

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:40,622pt お気に入り:2,782

異世界転生令嬢、出奔する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,954pt お気に入り:13,928

【完結】お世話になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,029pt お気に入り:3,376

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,193pt お気に入り:5,776

処理中です...