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椰子ふみの

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第一章

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『ドリサ空港』と書かれた建物。
 その受付のすぐ奥の発射場にて。

 太いロケットのような形の飛行船が飛び立とうとしていた。
 ラヴィポッドは手続きを済ませ、あとは乗るだけというところで、ドリサの皆と別れの挨拶を交わす。



「世話になった。母親を見つけた後でも、疲れた時でもいい。また戻ってこい。歓迎する」

 ダルムは内心、心配もあるのだろうがこの場でそれを口にはしなかった。
 いつでもいい。
 ドリサはラヴィポッドが帰って来ていい場所なのだと。
 どっしりと構え、それだけを伝える。

「は、はい! こちらこそご飯ありがとうございました!」

 出会った当初に比べれば、ラヴィポッドも怯えることなく話せるようになった。
 初めは見ただけで失神しそうになっていたのだから。



「貴女は立派よ。凄いんだからもっと胸張ってシャキッとなさい」

 ルムアナは知っている。
 ラヴィポッドは普段ビクビクしていても、いざという時には誰かのために動ける子だということを。
 だからこそできれば自分たちだけでなく、多くの人にその凄さを知ってもらいたい。

「こ、こうですか?」

 精一杯胸を張ってふんぞり返る。

「その調子よ」

 ルムアナが微笑む。
 立派というより、かわいらしさが印象としては先にくるが、それもラヴィポッドらしくて良いのかもしれない。



「ぜってぇ負けねえから!」

 アロシカの宣言。

「……ゴブリンにですか?」

 ラヴィポッドには伝わらなかったようで首を傾げるばかり。

「ちげーよ……まあいいか。怪我すんなよ」

 負けたくない。
 そう口にしたが、本音は追いつきたいだけ。
 愛らしい少女に。
 絶望の淵にいた村の皆を救ってくれた魔術師に。

 次会ったときは実力だけでも隣に並べるようになりたいから。

「け、怪我は痛いですもんね」

 アロシカの原動力は何なのか。
 ラヴィポッドはついに気づくことがなかった。



「マフェッドさん、見つかるといいね」

 ハニはラヴィポッドの母に魔術の教えを受けていた。
 その行方は気になるところ。
 娘を置いて一人で出ていく人には見えなかった。
 何か理由があるのだろう。

 ラヴィポッドも少し変わっているが良い子なので、親子の再会を切に願っていた。

「王都に行くって言ってたんですよね?」

「うん。会えたら私のことも伝えといて。親子揃って会いに来てくれたら嬉しいな」

「わかりました……!」

 母に会う理由が一つ増えた。
 ハニが見つけられると信じて話してくれるからか、母のことを考えても後ろ向きにならずにいられる。
 ハニのことを報告したり、ゴーレムを見せたらどんな顔をするのか。
 会える時が更に楽しみだ。



「チビ、これあげる」

 ユーエスからは箱を手渡された。

「あ、ありがとうございます」

 開けてもいいですか?
 と一言あっても良さそうだが、そういった気遣いにはまだ疎いラヴィポッド。

 受け取るなり、箱を開けて中身を確認する。

「笛だ!」

 箱から出てきたのは銀色のホイッスル。

「その笛を吹くと、音に乗せてすごく小さなマナを拡散させることができるんだ」

 ラヴィポッドのために特注で作ってもらったものだ。
 一般的には不要なものだろう。
 微弱なマナを拡散したところで何ができるのか。

 ラヴィポッドも用途がわかっていないようだが。

「チビが笛を吹けば三体のゴーレムを同時に起動できる筈だよ。一体ずつ起動する時間もないようなピンチの時に使ってね」

 ラヴィポッドの出発に合わせてプレゼントをしよう。
 そう思ったは良いものの、喜びそうなものを考えると食べ物しか浮かばなかった。
 そんな中、ゴーレム起動の条件を聞いたときピンときた。

 用途を聞いたラヴィポッドの目が輝いていく。

「すごい! すごいですね! ではさっそく……」

 興奮して笛を吹こうとするも、ユーエスに止められた。

「ブリザードゴーレムが出ると一面氷漬けになるから、時と場所を考えて慎重に使うように」

 コクコクと頷き、笛を吹くのはやめて紐を首にかけるだけに止める。
 気に入ったのか指でチョイチョイとつついて頬を綻ばせた。

「ありがとうございます、騎士さん!」

 名を呼ばないのは他人行儀だと思う人もいるかもしれない。
 けれどユーエスにとって、騎士と呼ばれることは何よりも誇らしかった。

「うん。こっちも色々ありがとう」

 ユーエスがしゃがみ、ラヴィポッドの頭を撫でる。

 ダルムにラヴィポッドのお守りを任された時、最初は面倒なことを押し付けられたと思った。

 やたら食べるし。
 すぐ逃げ出そうとするし。
 ベッドを使わせろと我がままを言うし。

 だけど。

 忙しい毎日。
 一人の時間が減って自責の念に駆られる暇も無くなっていた。
 その事実に気づくまで、随分と時間がかかってしまった。

 ラヴィポッドと過ごしている間は、いつもより心穏やかにいられたのだと。

「チビといるの、楽しかったよ」

 楽しい。

 そんな当たり前の感情を抱けたのはいつ以来だろうか。

「わ、わたしも──」



「お客様~! そろそろ出発ですのでご搭乗くださーい!」

 ラヴィポッドの言葉を遮り、フライトキャップを被った大きなツバメが羽ばたきながら出発を告げる。



「ほら、時間だって」

 ユーエスに促されて、ラヴィポッドが進む。
 途中で振り返り、

「わたしも! 楽しかったです!」

 元気いっぱいにそういって飛行船に乗り込んだ。

 窓に張り付き大きく手を振る。

 ドリサの皆も手を振り返してくれた。
 ドリサ騎士団、ドリサ家の使用人たち、スモーブローファミリーに大工の親方の姿まであった。

 こうしてみると、本当にたくさんの人と関わっていた。

 もう声は届かない。
 だからせめて、皆の顔が見えなくなるまで。

 飛行船が離陸すると、急に実感が込み上げてきた。
 顔が見えなくなったら、もうしばらく会えないのだと。

 しっかり目に焼き付けておきたいのに、皆の顔が滲む。

 ゴシゴシと袖で涙を拭うと、皆呆れたように笑っていた。

「ばいばぃ……」

 掠れた声で呟く。

 一か月と少し。
 それほど長くはなかったけど。

 皆との出会いが良いものだったから。
 臆病なラヴィポッドでも、自然と旅を続けようと思えた。

 次はどんな出来事が待っているかな。
 どんな出会いが待っているかな。

 鼻水をすする。

 気持ちを切り替えられるのは……もう少し先になりそうだ。
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