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第三章
エルの異変④
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〈兄:ウィルフリードSide〉
『其方達はよく考えろ。エルシーアは確かにいつも元気で賢いかもしれぬ。だが、2歳にもならぬ幼子であることを忘れるな』
シロガネに言われた言葉が何度も何度も頭の中をぐるぐると巡る。
そうだった。僕はいつから忘れてしまっていたのだろう…。
エルは本当は王都に行くことが不安で、家族との時間が減って寂しかったのにも関わらず、それを表に出さず、いつもにこにこと元気に笑っていた。
エルが笑っていたから、僕は勘違いしてしまったんだ。
エルとの触れ合いの時間が減るのが寂しかったけど、これはエルを護るために必要な事だからと。
そんな訳ないじゃないか…。シロガネの言うとおり、エルはまだ2歳にも満たない。本来なら、常日ごろから親が側に居て、見守られている時期だ。
それなのに、エルは親からも僕達からも離されても文句を言わず、それだけじゃなくて、王都でお披露目の儀式を受ける僕が心配だからと、誕生日プレゼントにブローチとペンダントを贈ってくれた。
エルが贈ってくれた四つ葉のクローバーのペンダントは、贈られた日から肌身離さず、今も僕の胸元で揺れている。
それなのに僕は…。
僕は僕自身が許せなくてどうにかなりそうだ。
悔しくて、その悔しさが苦くて、歯を噛み締め、拳を握りしめる。
強く拳を握りしめたせいか、爪が手のひらに刺さり血が流れる。
「兄貴っ!!」
「お兄様っ!?何をしていますのっ!?」
僕の握りしめた拳から血が流れるのを見て、バルドリックとルイーザが悲鳴のような声を上げ立ち上がる。
「何?」
「何って兄貴…」
「お兄様、血が出ていますわ…」
「あぁ…そうだね」
握りしめていた手のひらを開き、流れる血を眺める。
こんな痛みなんてどうでもいい。エルはこれ以上に心が痛かったはずだから。
「そうだねって兄貴…」
「早く手当をしませんと…」
「これぐらい、エルの心の痛みに比べたらなんともない。それに、こんな傷ぐらい直ぐにヒールで治せる」
傷を眺めながらヒールをかける。僕はお母様程ではないが、治癒魔法に適性がある。
「ね?治ったでしょ」
傷が塞がった手のひらをヒラヒラとバルドリックとルイーザに見せる。
「そうじゃねぇだろうが…」
「お兄様…」
バルドリックとルイーザが、痛ましそうにこちらを見てくる。
「何?まだ何かあるの?
あぁ…。血の付いたズボンならクリーンできれいにするから気にしないで」
僕はそう言いながら、自分自身にクリーンをかける。これで拳を乗せていたスボンの血の染みもきれいになった。
「違ぇよ…。兄貴は今、自分がどんな顔をしてるのか、わかってるのかっ!!
そんな表情のまま、エルに会えると思うなよ…。俺は…俺は許さないからな…」
「許さないって何?バルに何か関係でもある訳?」
立ち上がったまま、僕を見下ろしながら睨みつけてくるバルドリックに視線を投げる。
「ウィルちゃん、バルちゃんの言うとおりよ。一度自分の今の表情を鏡で確かめてみなさいな」
僕の向かい側のソファーに座るエミリーが手鏡を渡してくる。
めんどくさいなっと思いながら、鏡の中の自分を見る。鏡の中の僕は、冷え冷えとした、まるで氷のように固く、そしてとても冷たい無表情をしていた。
これが僕?僕はいつもこんな表情をしていただろうか?
「今の兄貴はさ、まるでエルが産まれる前の表情に戻ったみたいだよな。
エルの事を溺愛つーか?偏愛?する兄貴は、エルが産まれてから、表情が産まれたと思ってたけどな。
でも今の兄貴を絶対にエルには会わせない。
エルを護れるのは自分だけとか思うなよ?俺だってエルのもう一人の兄だ。
エルを悲しませるものは、例えそれが兄貴だろうと許さない。俺がぶっ潰してやる…っ!!」
バルドリックの強い意志を乗せた視線が、僕の視線とぶつかる。
あぁ…、そうか。バルドリックは僕が知らない間に成長し、エルを護る決意を固めていたんだな。
「そうですわ、ウィルお兄様。
エルちゃんを護るのは自分だけ、などと烏滸がましい事は思わないでくださいませ。
わたくしだって、エルちゃんのたった一人の姉ですわ。護ってみせますとも。
ですから、その情けない顔を一度洗ってから出直してくださいませ?」
ルイーザがにっこりと微笑み毒を吐く。
ルイーザの顔つきはお父様によく似ているが、笑顔で毒を吐くところはお母様にそっくりだ。
そっか…。ルイーザもいつの間にか成長し、エルを護る決意を固めていたんだね。
バルドリックとルイーザは双子だから、ふたりで話し合って決意したのかな?
僕の弟と妹は、いつの間にか成長していたようだ。
『其方達はよく考えろ。エルシーアは確かにいつも元気で賢いかもしれぬ。だが、2歳にもならぬ幼子であることを忘れるな』
シロガネに言われた言葉が何度も何度も頭の中をぐるぐると巡る。
そうだった。僕はいつから忘れてしまっていたのだろう…。
エルは本当は王都に行くことが不安で、家族との時間が減って寂しかったのにも関わらず、それを表に出さず、いつもにこにこと元気に笑っていた。
エルが笑っていたから、僕は勘違いしてしまったんだ。
エルとの触れ合いの時間が減るのが寂しかったけど、これはエルを護るために必要な事だからと。
そんな訳ないじゃないか…。シロガネの言うとおり、エルはまだ2歳にも満たない。本来なら、常日ごろから親が側に居て、見守られている時期だ。
それなのに、エルは親からも僕達からも離されても文句を言わず、それだけじゃなくて、王都でお披露目の儀式を受ける僕が心配だからと、誕生日プレゼントにブローチとペンダントを贈ってくれた。
エルが贈ってくれた四つ葉のクローバーのペンダントは、贈られた日から肌身離さず、今も僕の胸元で揺れている。
それなのに僕は…。
僕は僕自身が許せなくてどうにかなりそうだ。
悔しくて、その悔しさが苦くて、歯を噛み締め、拳を握りしめる。
強く拳を握りしめたせいか、爪が手のひらに刺さり血が流れる。
「兄貴っ!!」
「お兄様っ!?何をしていますのっ!?」
僕の握りしめた拳から血が流れるのを見て、バルドリックとルイーザが悲鳴のような声を上げ立ち上がる。
「何?」
「何って兄貴…」
「お兄様、血が出ていますわ…」
「あぁ…そうだね」
握りしめていた手のひらを開き、流れる血を眺める。
こんな痛みなんてどうでもいい。エルはこれ以上に心が痛かったはずだから。
「そうだねって兄貴…」
「早く手当をしませんと…」
「これぐらい、エルの心の痛みに比べたらなんともない。それに、こんな傷ぐらい直ぐにヒールで治せる」
傷を眺めながらヒールをかける。僕はお母様程ではないが、治癒魔法に適性がある。
「ね?治ったでしょ」
傷が塞がった手のひらをヒラヒラとバルドリックとルイーザに見せる。
「そうじゃねぇだろうが…」
「お兄様…」
バルドリックとルイーザが、痛ましそうにこちらを見てくる。
「何?まだ何かあるの?
あぁ…。血の付いたズボンならクリーンできれいにするから気にしないで」
僕はそう言いながら、自分自身にクリーンをかける。これで拳を乗せていたスボンの血の染みもきれいになった。
「違ぇよ…。兄貴は今、自分がどんな顔をしてるのか、わかってるのかっ!!
そんな表情のまま、エルに会えると思うなよ…。俺は…俺は許さないからな…」
「許さないって何?バルに何か関係でもある訳?」
立ち上がったまま、僕を見下ろしながら睨みつけてくるバルドリックに視線を投げる。
「ウィルちゃん、バルちゃんの言うとおりよ。一度自分の今の表情を鏡で確かめてみなさいな」
僕の向かい側のソファーに座るエミリーが手鏡を渡してくる。
めんどくさいなっと思いながら、鏡の中の自分を見る。鏡の中の僕は、冷え冷えとした、まるで氷のように固く、そしてとても冷たい無表情をしていた。
これが僕?僕はいつもこんな表情をしていただろうか?
「今の兄貴はさ、まるでエルが産まれる前の表情に戻ったみたいだよな。
エルの事を溺愛つーか?偏愛?する兄貴は、エルが産まれてから、表情が産まれたと思ってたけどな。
でも今の兄貴を絶対にエルには会わせない。
エルを護れるのは自分だけとか思うなよ?俺だってエルのもう一人の兄だ。
エルを悲しませるものは、例えそれが兄貴だろうと許さない。俺がぶっ潰してやる…っ!!」
バルドリックの強い意志を乗せた視線が、僕の視線とぶつかる。
あぁ…、そうか。バルドリックは僕が知らない間に成長し、エルを護る決意を固めていたんだな。
「そうですわ、ウィルお兄様。
エルちゃんを護るのは自分だけ、などと烏滸がましい事は思わないでくださいませ。
わたくしだって、エルちゃんのたった一人の姉ですわ。護ってみせますとも。
ですから、その情けない顔を一度洗ってから出直してくださいませ?」
ルイーザがにっこりと微笑み毒を吐く。
ルイーザの顔つきはお父様によく似ているが、笑顔で毒を吐くところはお母様にそっくりだ。
そっか…。ルイーザもいつの間にか成長し、エルを護る決意を固めていたんだね。
バルドリックとルイーザは双子だから、ふたりで話し合って決意したのかな?
僕の弟と妹は、いつの間にか成長していたようだ。
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