蒼穹の裏方

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第12章 第二次ハワイ作戦

12.18章 ハワイ沖夜間爆撃作戦

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 オアフ島の陸軍航空隊では、海軍の機動部隊の戦いの結末について、最新の情報を集めていた。ある程度整理ができたところで、参謀たちと共にダグラス少将はエモンズ中将に報告に行った。部屋に入るなり、さっそく説明を始める。

 3群に分かれた米海軍機動部隊の戦いの結果は、一言で言えば壊滅的だ。中将には海軍との合同作戦によりハワイを防衛するという自らが描いていた作戦が、完全に崩れ去ったのがわかった。

 オアフ島北側での偽のレーダー探知に対して、多数の戦闘機を向かわせるという、日本軍の策にはまってしまった自分にも大きな責任があることは自覚している。それでも、投げ出すことはできない。ダグラス少将が持ってきた日本艦隊との戦いの状況を記入した海図をしばらくじっと見ていた。やがて、絞り出すように声を出した。

「我々にはこの島から撤退することはできない。日本軍に対する夜間攻撃は可能だろうか? 最後に第30.1任務部隊を攻撃した空母4隻の部隊は、今もオアフ島に近い位置を航行しているはずだ。夜間攻撃を行いたい。海軍にも連絡して共同作戦を要請する必要がある。我々の基地への大規模な空襲が始まる前に、少しでも敵の戦力を削ぎ落すのだ。何もしなければ、夜が明けたら我々は日本軍から激しい空襲を受けることになるだろう」

 ダグラス少将が答える。
「夜間攻撃のためには、レーダーを備えた複座以上の機体が必要です。となると、わが軍に残された攻撃機はB-26となります。四発機は昼間の攻撃で大きな被害を受けたので、攻撃隊の編制は不可能です。夜間攻撃可能な機体は、恐らく30機程度です」

「ミッドウェーの戦訓からは、護衛戦闘機が必要だ。日本軍も艦上偵察機にはレーダーを装備しているはずだ。少数機だったが、レーダー搭載機と戦闘機のペアを組ませて夜間雷撃のPBYカタリナを迎撃させたと聞いている」

 少し記憶をたどってから、マリオン大佐が説明した。
「我々の手持ちの戦闘機で夜間戦闘が可能なのは、やや旧式ですが双発機のP-70ナイトホークとなります。それと少数ですが、P-38ライトニングを部隊で改修してレーダーを搭載した夜間戦闘機がオアフ島にあるはずです」

 ダグラス少将が中将の顔をじっと見た。明らかに、本気なのか作戦の実行意思を無言で確認している。エモンズ中将は強く首を上下に振った。

 中将の決意を確認して、ダグラス少将とマリオン大佐は急いで司令官室から出ていった。夜間攻撃の手配をするためだ。

 ……

 一航戦と二航戦は、米空母との戦いが終わった後にオアフ島から離れる航路をとっていたが、翌日は早朝からオアフ島空襲が予定されていたため、あまり離れることができない。

 それでも夜間攻撃を警戒して、電探を備えた二式艦偵を艦隊の東側で哨戒させていた。航空機を探知可能な電探を備えている二式艦偵であれば、夜間でも米攻撃部隊の発見が可能だ。最新のセンチ波を使った空7号電探は20浬(37km)の距離であれば単機の探知が可能だった。

 二式艦偵に続いて2機のベテラン搭乗員の烈風改が発艦した。他の空母からも同様に哨戒のために二式艦偵と烈風改のペアが上がってゆく。プロペラ機を優先して発艦させているのは、ジェット機は長時間の低速飛行が苦手なためだ。

 ……

 陸軍のヒッカム基地からは、12機のP-70と4機のP-38に護衛されて28機のB-26が離陸した。日本艦隊への誘導と迎撃機の発見のために、レーダー警戒機に改修した3機のB-17が同行する。爆撃機が搭載したのは全てレーダーで誘導するBAT2だ。低空で投下可能で、投下したら母機がすぐに退避できることが理由だ。BAT2のレーダーは日本軍のアルミ箔で妨害されるが、それは多数の発射で補うこととされた。赤外線でも妨害されるのは同じだとの理由で混在させていない。暗いのでTV誘導は使えないのも電波誘導のみに絞った理由になった。なお、海軍からはレーダーを搭載した機体の不足から、共同作戦は実行不可との回答が来ていた。

 オアフ島を飛び立った夜間攻撃機の編隊は、昼間の海戦から日本艦隊の位置を想定して、西方に飛行していった。B-17が強力な機上のレーダーにより、最初に艦隊を探知した。
「B-17に搭乗しているランドンだ。方位は260度、80マイル(129km)先に海上目標を探知した。複数の大型艦を含んでいる」

 B-26攻撃隊を率いていたサムナー中佐にはまだ何も見えなかったが、指示された方位に編隊の向きを変えた。

 ……

 一方、蒼龍から発艦して東側に40浬(74km)離れて哨戒していた二式艦偵が、接近してくる米軍編隊を電探で探知した。編隊の規模が大きいため、大きな反射が出ていた。
「東南方向から飛来する編隊を探知。距離30浬(56km)だ。電探反射が大きい。大編隊と推定」

 艦上偵察機からの報告を聞いて、草鹿中将は直ちに迎撃を命令した。
「電探を備えた艦偵を発艦させろ。夜間戦闘可能な操縦員の戦闘機を上げよ」

 加来参謀が命令を伝える。
「各艦偵に2機の戦闘機をつける」

 赤城と加賀は既に二式艦偵を上空に飛ばしていたので、2艦で合計4機の三式艦偵を発艦させた。それに続いて4機の烈風改と4機の橘花改が発艦してゆく。二航戦からは3機の二式艦偵が発艦していった。続いて6機の烈風改が発艦してゆく。

 ……

 最初に米軍機を探知した蒼龍の二式艦偵は、そのまま東南東に飛行していって米軍編隊に接近していた。薄明かりの中で編隊のシルエットが見えてきた。
 後席の遠藤一飛曹が山崎一飛曹に報告する。
「前方に編隊が飛行中。それに加えて、左前方、同じ高度、10時方向から接近する敵機を探知。我々に向かってきます」

「我々を見つけて攻撃してくるということか?」

「恐らく護衛の夜間戦闘機だと思われます。こちらに接近してきています」

 軽くバンクして、山崎一飛曹が列機の烈風改に注意を促す。
「前方10時方向から、米軍の夜間戦闘機が近づいてくる。高度は同じだ」

 烈風改長機の原田飛曹長が応答する。
「了解、これより攻撃する」

 2機の烈風改が、左翼方向に向かってゆく。二式艦偵からは、後席の遠藤一飛曹が烈風改に探知目標の位置を細かく指示した。原田機が指示された方向に飛行してゆくと、月明かりにうっすらと双発機のシルエットが見えてきた。単機で飛行している。米軍機も、レーダーで烈風改を探知したようで機首を原田機に向けてきた。

 思わず原田飛曹長がつぶやく。
「図体の大きい双発機だが、まるで爆撃機のようだ。本当に夜間戦闘機なのか?」

 P-70ナイトホークはもともとA-20ハボックとして開発された攻撃機だった。それにレーダーと前方武装を追加して夜間戦闘機とした機体だ。外形も大きさも爆撃機のように見えるが、そもそも爆撃機なのだ。

 烈風改は左に上昇旋回すると、鈍重な水平旋回をしてくる相手の後方に簡単に取りついていった。
「後方から機銃で攻撃する」

 原田飛曹長が列機に指示する。噴進弾は爆撃編隊への攻撃時に温存しておこうと考えたのだ。
 20mmで射撃するとオレンジの弾丸が目標の機体に吸い込まれて爆発した。原田飛曹長が機体を滑らせると、前に出てきた列機が同様に射撃した。翼の付け根あたりから驚くほど明るいオレンジ色の炎を噴き出して落ちてゆく。

 ……

 大型レーダーを搭載したB-17も接近する日本機を探知していた。
「ランドンだ。西北西の方向から、日本機が接近してくる。恐らく迎撃機だ。爆撃機は南西側に回避することを進言する」

「攻撃隊指揮官のサムナーだ。了解した。一旦、南西側に迂回する。第一小隊の戦闘機だけは直進して日本機を迎撃してくれ」

 ……

 山崎一飛曹の二式艦偵からも攻撃により炎が噴き出る様子は良く見えた。
「そのまま東南東に進んでくれ。敵の編隊が見えるはずだ。高度は低い」

 原田飛曹長が左に旋回してしばらく飛行すると、下方に双発機のシルエットが見えてきた。正確な機数はわからない。そのまま近づいてゆくと、オレンジ色の弾丸が飛んでくることに気がついた。胴体上部の銃座から反撃されているのだ。反射的に機体を滑らせながら接近してゆく。
「噴進弾で攻撃する」

 短くバンクして列機に合図すると、次の瞬間、噴進弾を発射した。36発の噴進弾が尾部を輝かせながら飛んでいった。

 山崎一飛曹は、後席の遠藤一飛曹に叫んだ。光で瞳孔が閉じると、せっかく夜間に慣れた視覚が、台無しになってしまう。
「噴進弾から出ている光を見るな。目をつぶれ」

 噴進弾の光で目標の編隊が照らされた。烈風改の原田飛曹長は異常に気がついた。
「3機だけだぞ。しかも、先ほど攻撃した機体と同じシルエットに見える」

 すぐに二式艦偵に通知する。
「山崎一飛曹。こいつは戦闘機隊だ。爆撃機の編隊じゃないぞ」

 編隊の中で1回の閃光が見えた。烈風改は、胴体上の連装機銃の反撃を避けるために、機首を一旦下げて降下してから全速で接近した。星空と三日月の光をバックにした黒い影が大きく見えたところで機首を持ち上げて、長い一連射を加えた。20mm弾が主翼と胴体中央部で連続して炸裂した。20mm弾にはP-70の燃料タンクの防弾装備も全く役に立たない。盛大に炎が噴き出した。P-70は夜空に流星の様に炎を引きながら海上に落下していった。少し離れたところで列機の烈風改に攻撃されたP-70がもう一つの流れ星となって落ちてゆく。

 山崎一飛曹は、撃墜を喜ぶこともなく母艦に報告していた。
「敵の爆撃隊がすり抜けた。恐らく艦隊の南東側だ」

 ……

 赤城を発艦した三式艦偵が、烈風改を従えて東に飛行していた。
「母艦からの指示です。南東に爆撃機編隊の可能性ありとのことです。あんまり速く飛ぶと、後ろの烈風改がついてこられませんよ」

 後席の野坂一飛曹が、山田大尉に注意をしていた。山田大尉は、返事をするよりも早く、機首を南東に向けた。
「まだ、360ノット(667km/h)だ。烈風改なら十分ついてこられる速度だ。それに多少離れても、この機体の後方からジェットエンジンの青白い排気炎を見失うことはないはずだ」

 しばらく飛行していると、野坂一飛曹が探知の報告をした。
「感あり、1時と10時の2つの反射が出ています。10時方向が小さい反射に見えます」

「反射が小さいのは、敵の戦闘機だろう。大きい反射は爆撃機のはずだ。そちらを狙うぞ。敵戦闘機に追いつかれないために速度を上げる。野坂一飛曹、後方の烈風改に無線で進路を指示してくれ」

 ……

 米軍の夜間戦闘機は、自軍の爆撃編隊に接近する機体を探知していたが、速度が速いために追尾できない。三式艦偵と烈風改の3機編隊は、まず爆撃機の後方から接近していった。後方から2機の烈風が噴進弾を発射した。3度ほど爆発の閃光が発生する。そのまま前方の編隊に突っ込んでゆく。三式艦偵自身も2挺の20mm機銃を装備しているので、爆撃機を狙って撃ちまくっている。3機編隊の一航過により、噴進弾と機銃の攻撃で5機が撃墜された。

 三式艦偵が一撃して上昇すると、後席から要求が入る。
「後方を確認したいので、旋回してください」

「わかった。水平旋回するぞ。この機体の電探は後ろが見えないのが、欠点だからな」

 三式艦偵は水平に180度旋回して後方を確認した。
 すぐに、電探に反射波が出てきた。野坂一飛曹が報告する。
「さっき見つけたもう一つの反射が接近してきています。我々を攻撃するつもりです。2時方向から同高度でやってきます」

 山田大尉は言われた方向に機首を向けた。大尉の代わりに、野坂一飛曹が後続の烈風改に、新たな敵機に向かうことを教えている。

 接近してきた夜間戦闘機は、前線の部隊でP-38に応急的にレーダーを搭載して、狭い中央胴体にレーダー手の席を追加した機体だった。

 さすがにライトニングだ。三式艦偵が向かってゆくと、すぐに機首の向きを変えてきた。その時、P-38の後方から一気に接近した烈風改が射撃を開始した。三式艦偵が引き付けた間に、敵の隙をついて側面から後方に回り込んで攻撃を行ったのだ。主翼上で20mm弾が爆発するのが閃光によりわかる。右翼をがっくりと傾けるとP-38は落ちていった。

 山田大尉の三式艦偵の南側では別の機体が攻撃をしているようだ。炎を噴き出して落ちてゆく機体が見える。

 夜間戦闘部隊の活躍にもかかわらず、迎撃してきた戦闘機の網から漏れた18機のB-26と4機のP-70が日本艦隊に接近していた。

 ……

 B-26編隊を指揮していたサムナー中佐は、操縦は中尉に任せて、SCR-521対艦レーダーのスコープ表示を確認していた。艦隊を探知してその方向に飛行すると、複数の艦が判別できるようになる。レーダー反射の大きな目標を狙うことに決めた。この時、B-26が目標に定めたのは、二航戦の前衛として空母よりも前に出ていた第一戦隊の戦艦だった。

 B-26の編隊が日本の艦隊に向けて順次高度を落としてゆくと、背後から三式艦偵が距離をつめながら降下してきた。電探の反応を頼りにB-26の編隊に後方から三式艦偵と2機の烈風の編隊が接近してゆくと、三日月の月明かりの下に双発機のシルエットが判別できるようになった。

 三式艦偵がバンクすると、長機の烈風がスーッと横に移動して、後尾のP-70に狙いを定めた。烈風はそのまま直進しながら射撃した。20mm弾が米夜間戦闘機の右主翼に命中して爆発した。

 烈風改から攻撃を受けて爆発した機体を目撃しながらも、サムナー中佐は編隊の各機に攻撃命令を出した。
「前方に大きなレーダー反射が見える。その大型艦を攻撃せよ。突入するぞ。照明弾を落とせ」

 上空で強烈な光が一帯の海上を照らし出した。上空を飛行していた1機のB-26が攻撃のために落下傘付きの照明弾を次々と落とし始めたのだ。明かりにより駆逐艦を従えた大型の戦艦の姿が明らかになった。

 先頭を飛行していたサムナー中佐は、食い入るように目の前の戦艦に見入っていた。
「なんてことだ。とんでもない大型艦だぞ。我々の識別表には、まだ写真も出ていない戦艦だ。恐らくヤマト級と呼ばれる新型の戦艦が2隻だ」

 後ろから航法士が、双眼鏡を持ってやって来た。航法士は黙って、しばらく双眼鏡を覗いていた。
「間違いありません。遠方の2隻は新型のヤマト級戦艦です。ミッドウェーの夜戦でワシントンを一撃で撃沈した戦艦です。18インチ主砲が9門のモンスターだと言われています」

「通信士、司令部に報告してくれ。敵艦隊の前衛部隊にヤマト級戦艦を確認。相手に不足はない。みんな、持ってきたプレゼントをしっかり渡してから帰るぞ」

 戦艦を照らし出した照明弾は、米軍自身の爆撃機のシルエットも上空から照らし出していた。既に電探を装備した二式艦偵と編隊を組んで、米編隊の近くまでやってきていた烈風改は目視で攻撃できるチャンスを見逃さなかった。

 爆撃機の編隊の後方から接近していた烈風改はこの空域には8機が飛んでいた。烈風改は解き放たれた猟犬のように一斉に前に飛び出した。各々の烈風改が目標を定めて全速で米編隊に突っ込んでゆく。烈風から20mm機銃が発射されると、ほぼ同時にB-26の銃座が12.7mm機銃で反撃した。夜空に明るい機銃弾の流れが交差した。20mm弾が胴体や翼に命中したのに比べて、12.7mm機銃弾は虚空を切った。6機のB-26と1機のP-70が、炎の尾を引いて海面に墜落してゆく。

 サムナー中佐は、後方の味方機が攻撃されていることはわかったが、この時点で攻撃を中断することなどできない。

 隊長機は少しでも速度を上げるために、ぐいと機首を下げて加速する。12機のB-26は、ぐんぐん高度を下げていった。既に日本艦隊が視認できる距離に達していた。サムナー中佐は、最後は、目標を視認して、距離を確認してから誘導弾を投下しようと決めていた。

 ……

 第十駆逐隊司令の吉村大佐は、昼間の戦いで大和が被弾したのは護衛任務の自分にも責任があったと感じていた。大和の松田艦長の果敢な判断がなければ、被害はもっと拡大したはずだ。それで、この戦いでは、躊躇なく大和と敵機の前面に進むように戦隊に命令した。
「駆逐隊、全速で戦艦の前に進め。駆逐艦の任務を果たすのだ」

 大和と武蔵の左右を航行していた風雲、秋雲、夕雲、巻雲が全速で前に進んできた。電探が米軍機をとらえる。駆逐艦の主砲が全力射撃を開始した。

 ……

 大和の松田艦長は艦隊への夜間爆撃機接近の報告を聞いて、照明弾が投下されてから攻撃が開始されることを想定していた。
「電探に感あり。敵編隊が東から接近。約20浬(37km)」

 しばらくして主砲射撃を命令した。
「三式弾を撃て」

 大和と武蔵が双方で18発の主砲弾を発射した。空中で炸裂した三式弾から、無数の焼夷弾子が円錐形に吐き出されると、山なりの軌道で降下してゆく。赤外線誘導弾への対策だ。

 松田大佐は爆撃機の編隊を視認して、すぐに進路の変更を命じた。
「面舵、艦首を敵編隊に向けよ。回頭が終わり次第、両舷の噴進弾を発射せよ」

 誘導弾の飛来を想定して、魚雷の防御と同じように最も面積の小さくなる正面を向けようと考えたのだ。加えて、噴進弾の攪乱紙により、偽の電波反射を艦の左右の海上に作り出そうとした。

 同時に、艦隊上空で待ち構えるように指示されていた二式艦偵と4機の烈風改から噴進弾が発射された。90発の噴進弾が空中で爆発して、電波攪乱紙が散布されたが、前衛の艦隊も含めて隠すためには、まだ不十分だった。

 米爆撃編隊の周囲で高射砲弾が爆発を始めた。爆風で煽られて機体がぐらぐらと揺らされる。1機が高射砲の至近弾を受けて脱落してゆく。爆撃手が腕を上げて合図した。誘導弾の射程に達したのだ。遠方からも戦艦や駆逐艦の舷側で光っている高射砲の発砲炎がよく見えた。周囲の駆逐艦も一斉に主砲の射撃をしている。サムナー中佐は後続の中隊に無線で目標を指示した。
「誘導弾を投下せよ」

 B-26は1機当たり2発のBAT2を搭載していた。米軍の誘導弾の中で最も遠距離から攻撃できるという理由で選択したのだ。12機のB-26が24発の誘導弾を投下した。機体から離れると、ロケット噴射により後部から青白い光の尾が噴き出すのがよく見えた。

 B-26編隊は一斉に旋回を開始したが、投下直後に高射砲弾が直撃した1機がバラバラになった。
「全速で急降下せよ。低空におりれば、対空砲は狙いが不正確になる。各機とも自由に帰投せよ」

 サムナー中佐の機が誘導弾を投下すると、後続の機体もそれに続く。投下後に退避しながら、海上を見ていた中佐は2隻の戦艦が回頭して艦首をこちらに向けたのがわかった。続いて、両舷から噴進弾を発射している。数十以上のロケット弾が海上で爆発したのが、B-26からもよく見えた。
「我々のBAT2に対して、電波妨害をするつもりだ。これからの後のことは、誘導弾に祈るしかないな」

 24発のBAT2のうちの10発は艦隊前面の電波攪乱紙の雲に欺瞞されて、海上に落ちた。6発は、誘導部が正常に動作せず何もない空間へと飛び去った。8発が海上の大和と武蔵の方向に飛んでいった。

 大和の前方に風雲と秋雲が進み出ていた。武蔵の前方には夕雲と巻雲が航行していた。既に高射砲も機関砲も全力射撃だ。

 吉村司令が誘導弾の飛行を見て、命令した。
「全艦、北に艦首を向けよ」

 風雲の吉田艦長は一瞬、驚いたが直ぐに理由を理解した。
「大至急、取舵。舷側を誘導弾に向けよ」

 吉村大佐は、誘導弾から見て、電波反射が最大になるように回頭を命じたのだ。

 1発が巻雲の中央船体に突っ込んだ。更に1発が夕雲の艦尾に命中した。
 風雲を目標として降下に入った誘導弾を見て、吉田艦長が命じた。
「後進一杯。誘導弾を回避せよ」

 急減速した風雲の艦首前ぎりぎりを急降下したBAT2は、海上に突入した。残った5発のBAT2が2隻の戦艦に向かっていったが、4発が左右の電波反射の大きな攪乱紙の雲に突っ込むことになった。

 最後の1発が海面を低空飛行して武蔵の主砲塔に正面から命中した。1,000ポンド弾頭が第二砲塔の正面装甲に命中したが、660mmの装甲板を貫通できずに表面で爆発した。爆風により、周囲の機関砲に被害が出たが、主砲射撃への影響はない。

 ……

 山口長官の下に、第一戦隊が夜間爆撃を受けたとの報告が入った。有馬参謀が長官に攻撃の様子を説明する。
「二航戦の前衛部隊が夜間爆撃を受けました。誘導弾の攻撃で駆逐艦1が沈没、駆逐艦1が大破、武蔵にも1発が命中しましたが、小破で作戦には影響はありません。戦艦と駆逐艦部隊が誘導弾攻撃を引き付けたおかげで、空母への被害はありません。なお、電探装備の艦偵と共に上がった烈風改が8機の米軍機撃墜を報告しています。加えて三式艦偵自身が3機の敵機を撃墜しています。電探を装備した機体は夜間の迎撃戦に有効です」

「うむ。またも護衛の艦隊を先行させたおかげで救われたようだな。とにかく空母は、飛行甲板に爆弾を食らったら、沈まないまでも作戦実行は不可能になる。周囲の艦艇が守らねばならん。艦偵と烈風改はうまく仕事をしたようだな。しかし、夜間戦闘可能な機体が必要だな。どうやら電探を装備した複座の艦偵の武装を強化して夜間戦闘機とした方がよさそうだ」

 私は、夜間戦闘機に改修されたMe262B型のことを思い出した。
「双発の橘花改ならば、複座にして電探を搭載する余裕があります。夜間戦闘機同士の空戦を想定すると、戦闘機を夜間戦闘向きに改修することも必要かと思います」

「うむ、確かに橘花改を改造すれば、搭載量からも機体規模からも夜間戦闘機にできるだろうな」

 ……

 オアフ島の海軍太平洋艦隊司令部にも爆撃隊の報告が入っていた。参謀のレイトン少佐が報告にやってきた。
「陸軍が夜間戦闘の結果を報告してきました。2隻の駆逐艦と新型戦艦に1発の誘導弾を命中させました。与えた戦果は未確認ですが、駆逐艦は沈めたでしょう。戦艦は、中破程度と想定されるとのことです。なお、10機以上の夜間戦闘機が迎撃をしてきて、陸軍の夜間戦闘機や爆撃機が撃墜されています。電探を装備した艦偵と戦闘機の組合せに加えて、レーダーを装備したジェット機に散々撃たれたとのことです。日本軍は有力なジェットの夜間戦闘機を保有しています。戦闘機の護衛のない夜間爆撃は禁止的と考えます。」

 マケイン長官が早口で答えた。
「私が心配した通り、日本軍の実力を甘く見た陸軍の夜間爆撃は失敗だった。これでエモンズも左遷が決定だ。私も同じ運命だが、今はまだこの島を守る責任がある。夜が明ければ日本軍機がやって来る。陸軍も海軍も関係ない。この島の全戦闘機で迎撃をするように準備を進めてくれ。無論、こちらの攻撃隊も機会を見て発進させる。それと真珠湾の艦艇の避難の状況はどうか?」

 まず、レイトン少佐が真珠湾の状況について答えた。
「既に民間船は退避済みで残っていませんが、真珠湾の海軍艦艇も湾外に出ました。夜明けまでには、全てアメリカ本土に向けて退避が終わるでしょう」

 オアフ島基地の戦闘機の状況については、マクモリス少将が答える。
「この島の戦闘機は昼間の戦いで消耗しています。それを更に迎撃と攻撃隊の護衛に2分するのは好ましくないと考えます。まずは、全力で日本軍の攻撃隊を迎撃したいと思います。日本軍は、艦隊への攻撃を警戒して、戦闘機を防御と攻撃に二分せざるを得ません。オアフ島の陸軍と海軍の戦闘機を合わせて運用できなければ、日本軍が優位となって各個撃破される可能性があります。各基地は攻撃を受けるでしょうが、艦載機は搭載量に限りがあります。基地の機体を空に逃がせば、爆撃を受けても陸上の基地の被害は修復が可能です。一方、日本軍は攻撃すればするほど戦力を消耗してゆきます。我々が攻撃隊を編制するのは、日本軍の艦載機が消耗した後です」

 しかめっ面で黙って聞いていたマケイン長官が答えた。
「わかった。マクモリス少将の案に従おう。わが軍はまずは全力で迎撃に専念する。戦力が分散しないように陸軍にも連絡してくれ。敵の艦載機を減らせれば、それ以降の攻撃は容易になるからな」
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