蒼穹の裏方

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第5章 帝都防空戦

5.5章 空母攻撃(前編)

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 ドーリットル爆撃隊は、ミッチャー艦長の希望よりもやや遅れて7時20分から発艦を開始した。日本からの距離は予定していた500マイル(805km)ではなく、まだ650マイル(1046km)以上離れていた。大型機が空母の飛行甲板を目いっぱい使って離艦してゆくため、1機あたり5分程度の時間がかかってしまう。繰り返していると、だんだん作業に慣れてきて少しずつ時間が短縮されているが、それでも16機の発艦には1時間以上を要するだろう。

 空母隼鷹と瑞鳳、祥鳳からは7機の橘花改と15機の烈風、18機の彗星、10機の零戦が発艦した。烈風が先行してそれに彗星と零戦が続いて飛行していた。橘花改は最後に発艦したが、外部装備を搭載しても巡航速度が350ノット(648km/h)以上は出るので、烈風や彗星をすぐに追い抜いて、ぐんぐん引き離していた。橘花改は噴進弾を両翼下に装備した機体が先行する。大きめの増槽を主翼の両端に携行している。一方、その後方の橘花改は、胴体下には50番爆弾を搭載していた。翼端増槽は、空技廠の鈴木大尉が未来のP-80からヒントを得て開発したのだが、無論そんなことは誰も知らない。

 ジェット機に続いて、烈風も巡航速度の速さを生かして編隊の前方へと出てきていた。日本の攻撃隊は、米艦隊の近くを飛行している二式艦偵が発信した電波を受信して、方位を割り出していたので、一直線に米艦隊に向けて飛行することができた。

 米機動部隊の上空には、ヨークタウンを発艦した上空警戒の戦闘機が編隊となって飛行していた。フレッチャー少将にとっても、これだけ大きな戦闘機の編隊はあまり見たことがなかった。
「これだけ壮大な戦闘機隊だと、日本の攻撃機が来ても鉄壁の守りだと思えてしまうな。だが油断は禁物だ。インド洋では日本軍も新型戦闘機で攻撃したとの報告がある。どんな攻撃隊がやってくるのか注意が必要だ」

 艦長が答える。
「今回の航海では、護衛任務ということでヨークタウンは爆撃機の数を減らして、通常よりも戦闘機の数を大幅に増やしています。F4Uコルセアだけでも35機を搭載しています。どうやらワシントンの航空局から助言があったようですよ。普通じゃないと異論も出たようですが、F4UコルセアやF6Fヘルキャットなど新鋭機ばかりで、私としてはこの処置を歓迎しています」

 やがて、橘花改の編隊の前面にヨークタウンを発艦した上空警戒のF4Uコルセアの編隊が現れる。同じころ、ヨークタウンを発艦したSBDドーントレスが日本の空母部隊を発見したが、すでに米艦隊上空での戦いが始まりつつあり、意味がなくなっていた。

 接近する日本機の編隊は、米軍のレーダーが捕捉している。F4Uの編隊は、ホーネットに接近する日本機を迎撃するために、艦隊の南西15浬(38km)の地点まで進出していた。

 この時、先頭の2機の橘花改には空技廠でジェット機の飛行実験をしていた小福田大尉と横須賀基地の戦闘機試験担当の下川大尉が搭乗していた。

 大群のF4U編隊を見て、先任の下川大尉が無線で短く指示する。
「前方に大群の戦闘機。増槽を落とせ。時間がもったいないので、敵編隊をそのまま突っ切るぞ。敵機を回避して、各機全速で空母上空に突入せよ」

 橘花改は翼下や胴体に装備を搭載していたが、それでも水平での速度は420ノット(778km/h)を軽く超えていた。それが、F4Uに向けて緩降下することで更に加速した。猛烈な速度でF4U編隊のやや下方をすれ違う。相対速度は700ノット(1,296km/h)を超えている。すれ違いざまに、F4Uは機銃を撃ってくるが、速すぎて全く方向違いだ。F4Uはすぐに180度方向転換するが、全速で飛行するジェット戦闘機に追いつけず、後方に取り残される。

 全速で米艦隊の上空に侵入した橘花改から見ると、1隻の空母から明らかに茶色の大型の機体が飛び立とうとしているのが見える。

 下川大尉が指示する。
「噴進弾攻撃。発艦中の米軍爆撃機を阻止せよ」

 ミッチャー艦長は空母の上空に日本機が迫ってきたことはわかっていたが、回避のための艦の急転舵ができない。まだ、飛行甲板ではB-25が発艦中なのだ。

 橘花改が全速でホーネットに向けて降下してゆくと、両舷で8門の5インチ(12.7cm)高角砲が全力で対空射撃を開始した。周りの巡洋艦や駆逐艦からも高射砲の射撃が始まる。しかし、全速で急降下してくる3機のジェット戦闘機に対して、射撃が後追いになって追随できない。この時橘花改は、左舷に1機と右舷に2機に分かれて降下した。このため、更に対空射撃が分散して日本機に命中させることが困難になる。3機から合計で66発の噴進弾が放たれると、白煙を噴き出しながら一直線にホーネットに向けて飛んでゆく。

 ミッチャー艦長はホーネットの艦橋でこの様子を絶望的に見守っていた。プロペラのない高速戦闘機が両舷に向けて急降下すると、左右の翼下から多数のロケット弾が発射された。左舷と右舷の上空から多数のロケット弾が飛んでくる。これは真珠湾の戦いで使われた、対空砲つぶしの攻撃だ。ロケット弾がスローモーションのように飛んでくる。大統領自らが後押しした作戦が目の前で崩れていくのが彼にははっきりとわかった。

 彼は思わず周囲に向けて叫んだ。
「命中するぞ。伏せろー。取舵いっぱーい」

 続いて、甲板上のB-25に損傷を与えるのを覚悟して、艦の急回頭が始まったが、全てが遅かった。

 すぐに噴進弾がホーネットの飛行甲板に着弾する。およそ4割近くの噴進弾が空母の右舷、左舷、そして飛行甲板に命中した。噴進弾が直撃したB-25の主翼で爆発が起こる。爆撃機が積み込んでいた大量のガソリンに引火して、オレンジ色の炎と黒い煙が立ち上る。飛行甲板の他のB-25にも噴進弾が命中した。命中しない機体もガソリンの炎であぶられて、爆撃機が仕掛け花火のように次から次へと吹っ飛んでゆく。炎にあぶられた爆弾が爆発して機体がバラバラになった。爆弾の誘爆で飛行甲板にも大きな穴が開いて、炎のついたガソリンが甲板下に流れ込む。B-25は4発に1発は焼夷弾を搭載していた。それが花火のように燃え始めて更に火災を広げた。

 飛行甲板に並べてあった全ての機体が破壊されるのに、それほどの時間はかからなかった。流れ出たガソリンや焼夷弾の火災でホーネットの後部の甲板は火の海になった。舷側の対空砲のあたりにも噴進弾が命中して防御シールドのない対空砲は簡単に被害を受けて沈黙する。格納庫の開放部シャッターに命中した噴進弾は、それを破って格納庫内部に飛び込んで爆発した。格納庫内でも噴進弾で艦載機が爆破されて火災が発生する。

 その時、側面から爆弾が飛んできた。3機の噴進弾攻撃機の後方を飛行していた周防大尉が率いる4機の橘花改がホーネットめがけて、反跳爆弾を投下したのだ。高速の橘花改の投下した50番徹甲爆弾は回頭しつつある空母に4発が投下されて、そのうちの2発が命中して1発が至近弾となった。

 船体中央部の舷側に命中した50番徹甲爆弾は、2.5インチ(64mm)の喫水線にベルト状に張られた側面装甲よりもやや上方に命中すると内部隔壁を斜め下に貫通していった。缶室天井に達すると缶室の上で爆発した。船体後部に命中した50番も同様に水線部の装甲板よりも上部に命中して、隔壁を斜めに貫通すると機関室の上で爆発した。

 2発の爆弾により、一部の機関部が破壊され、半数以上の発電機も破壊された。4本の推進軸のうちの2本がすぐに停止した。更に艦尾をかすめるように投下された1発は、艦尾直前に落ちた後に船体が引き起こした船尾のウェーキに衝突して海中で爆発した。水中爆発により、残っていた推進軸が停止して、舵が爆発の圧力により船底に深く食い込んでしまった。

 噴進弾と反跳爆弾の攻撃を終えると、橘花改は用のなくなった噴進弾ポッドを落として、背後に残したF4Uの編隊に向きを変えて向かっていった。あらかじめ、後続の攻撃隊に対して、突入路を開けるために上空の戦闘機を排除すると決めていたのだ。

 一方、下川大尉機は引き起こした瞬間に、とんでもないところから無線通話を受信した。
「こちら二式艦偵2号機。敵爆撃機を撃墜してくれ。9時方向に上昇中」

 下川大尉は方向を変えると、西に向かって上昇してゆくB-25を追いかけた。下川機の橘花改は、ホーネットを発艦して必死で上昇しようとするB-25に容易に追いつくと、後方から20mm機銃を撃ちまくる。胴体で機銃弾が爆発して、さかんに後方に向けて射撃していた機銃座が丸ごと胴体の外板と共に吹っ飛ぶ。橘花改の機銃はエリコンFFSを基にした長銃身機銃で、雷電の20mm二号機銃よりも更に銃身が長くなり、弾丸の速度が高速になっている。遠距離からでも弾道が直線になって命中が期待できる。しかも弾速が速いので、装甲板への貫徹力が増加したため、命中時の破壊力が通常の20mm機銃から増している。

 B-25は胴体と右翼にも大きな穴が開いて、火を噴き出して海面に落ちていった。下川機は後方も見ないで、全速で上昇を続けていた。はるか前方にけし粒のようにもう1機のB-25が見えたのだ。満載の燃料と爆弾を抱えて上昇するB-25に、橘花改はすぐに追いつく。後方から銃撃すると左翼のエンジンが脱落して、左翼をぐらりと下げると海上へと墜落していった。

 残りの6機の橘花改は、後続の攻撃隊の進路を開くために、向きを変えるとF4Uと空戦に入った。圧倒的な性能差を利用して上昇でも、降下でも橘花改は望むときにF4Uを攻撃して、望むときに空戦から離脱できる。米海軍では、高性能の日本機に対して、2機がペアになって1機と戦うようにあらかじめ通告されていた。しかし、そんなことは圧倒的な性能差の前には、全く役に立たない。約20機のF4Uが橘花改と空戦に入ったが、次々と落とされてゆく。10機ほどのF4Uを撃墜したところで、橘花改は南西方向に引き上げ始めた。片道は増槽に頼っていたが、戦闘直前に投棄したため燃料が厳しくなっていた。

 米艦隊の西北側を飛行していた田中一飛曹の二式艦偵2号機は、遠距離から米爆撃機の発艦を注意深く観察していた。米軍の双発爆撃機が、8機まで飛び上がったところで友軍機が空母を攻撃するのを確認した。その後、友軍のジェット戦闘機により2機が撃墜されたので、本土に向かったのは6機のはずだ。田中一飛曹は、本土に向かう爆撃機の報告が最優先だと、出撃前にしつこく指示されていた。そのため、攻撃隊の戦果を報告する前に、日本本土に向かった爆撃機についてまず報告した。

「敵爆撃機、6機、本土に向かう。房総沖、東方600浬(1111km)」
 直ちに、空母からは連合艦隊司令部と横須賀鎮守府に転電するとの応答があった。
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