蒼穹の裏方

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第3章 十二試艦上戦闘機

3.1章 十二試艦戦の始まり

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 昭和12年5月のある日、MK3Aの試験に立ち会った発動機部の私と川田技師は、昼食のために食堂に戻っていた。
「いよいよ、次期艦戦の開発が始まるらしいぞ。かなり要求レベルが高そうだと聞いた」

 私と川田技師が昼食をとっていると、隣に来て噂話を始めたこの男は三木技師だ。私たちと同じ昭和8年に有識工員として採用された同期で、機体の開発や審査を行う飛行機部に所属している。三木技師は所属部門が違うが、私と川田とは同期三人組として、いつでもざっくばらんに会話のできる親友である。

 川田技師が質問した。
「発動機部にはあまり情報が入っていないが、次期艦戦に向けて検討はどういう状況なんだ? 何か情報はつかんでいないか?」

「十二試艦戦として開発を開始するのはもう決定事項だ。5月19日に開発計画要求書の原案が航空本部から三菱と中島に渡っている。まだ正式の要求ではないが、両社は内々に開発の検討を始めているはずだ」

 私の方から三木技師に依頼をしておく。
「実は少し前だが、三菱を訪問したときに堀越さんに会ったよ。十二試艦戦のエンジンは開発中のMK3Aが候補の一つになるだろうと言っていた。この先も次期艦戦の状況がわかったら、その都度教えてくれ。今回の要求は、最低でも1000馬力以上のエンジンでなければ実現できない水準になるんだろうな」

「了解だ。開発要求の中身が固まってきたらすぐにでも教えよう。すでに速度が270ノット以上というのはほぼ決まりだ。大口径の機銃の搭載も可能性が高い。航続距離は増槽付きの条件で、5時間から7時間の巡航が可能というあたりだろう」

「一つお願いがある。操縦士の防弾を要求に追加してくれ。欧州では、防弾ガラスと鋼板による操縦士の防護は一般的になっているのは三木も知っているはずだろう。操縦士が一人前になるためにどれだけの時間と金が必要か考えてみてくれ。流れ弾一発でベテランが死んでいれば、我々の飛行機に乗る操縦士はひよっこばかりになってしまう。もちろん人の命を簡単に失わないことが最も重要だ。飛行機部の三木の立場ならば、それくらいは要求できるだろう」

 三木が首を横に振って答える。
「どこかで上に話しておくが、要求条件を決裁するのは航空本部の面々だからな。まあ、最終的には技術会議が航空本部主催で開催されて、いろいろな部門からの要求も聞いて決定するわけだが、いずれにしても我々はお呼びじゃない会議だよ。航空本部長も今年になって、山本さんから及川中将に変わってしまったしなぁ。まぁ期待しないでいてくれ」

 そんな出来事も忘れかけていたある日、私と松崎技師がMK3Aの試験結果について確認していると、三木があせった顔をしてやってくる。
「あ~ぁ、やっと見つけた。会議室に来てくれ。」

 会議室に行くと、航空本部技術部長の和田大佐と航空廠飛行機部長の桜井少将が何やら話し込んでいる。

 さっそく和田技術部長が話を始めた。
「おー、鈴木君、久しぶりだね。今日は別件で来たのだけれど、十二試艦戦の件で君たちを呼んでもらったんだ。実は三木君から出てきたパイロットの防弾装備の件なのだが、話を小耳に挟んだうちの部長がいたく感心してねぇ、戦闘機もこれからは人命を大切にすべきだと言い出しているんだ。それで言い出しっぺの君たちから詳しく話を聴こうというわけだ」

「航空本部の部長というと、及川中将ですね」

 私の未来の記憶にも出てくる名前である。これから海軍大臣で三国同盟に賛成して軍令部総長をやるという大物軍人だ。こちらの世界では軍人の教育に熱心という側面もあるらしい。

「私が三木技師に話したのは、パイロットの前面に取り付ける防弾ガラスと、背面に取り付ける防弾鋼板の2種類です。本来は燃料タンクにも消火装備が必要でしょうが、そこまで装備すると重量もかさみますのでちょっと遠慮しました。これらの装備は、航空会社の仕事というよりも実弾を使用しての実験も必要になるので、海軍自身で研究すべき事項ではないでしょうか。ある程度時間をかけて、実験と研究をしていかないと、いきなり効果的な防弾は困難です。今の時期から防弾装備の研究に着手すれば、十二試艦戦ができるころには実用可能となるのではないでしょうか」

 和田部長が搭乗員を代表するような質問をした。
「だけど、防弾装備はある意味お荷物で攻撃を受けなければ不要な重量になるよね。特に戦闘機は重量が軽ければ、ひらりひらりと敵の弾をかわすこともできる」

「確かに、ベテランのパイロットにとっては不要な装備になるかもしれませんが、平均的な技量のパイロットの命を守るためには必要な装備と考えます。戦場では流れ弾にあたるという可能性もありますから、2撃、3撃で落とされるのはやむを得ないが、1撃を受けた時には何とか命を守る。できれば飛行して基地に戻れる。先の理屈に基づくと落下傘も不要になるはずですが、落下傘を省くことはしませんよね。防弾装備も必要性は落下傘と同じと思います。しかも、防弾装備は取り外すことは容易です。もし、重量増加が気に食わないというのであれば、実戦配備時に外せばいいのではないですか? 逆に後々必要だとわかっても、急には無理ですよ。そもそも戦艦に対しては敵弾をはじく装甲が必要だと言って、熱心に研究するのに、航空機にそれをしないのは矛盾しています。爆撃機や戦闘機に防弾をしないのは、装甲板のないブリキの戦艦と同じですよ。それで戦わされる搭乗員の身にもなってください」

 和田部長が突然笑い始める。
「面白いたとえ話だね。私も覚えておこう。もともと、私も君の意見に賛成だったのだよ。それでも、提案者の君が一体どんな理屈を言うのか確認したくてね。なるほど、防弾装備は準備しておかないと後付けには手間がかかるが、不要ならば外すことは簡単だというのは一理あるね。十二試艦戦の開発要求原案には防弾装備を入れるので、これから飛行機部で防弾装備の研究をお願いする。但し、正式要求の発出時には現場部隊の意見が反映されるので、最終的に防弾は不要となるかもしれない」

 桜井少将が答える。
「もちろん、承ります。三木君、君が当面の十二試艦戦の防弾装備担当だ」

 最後に余計なことを言ってしまった。
「ついでに防弾の懸念点を言わせてもらいます。我が国の陸攻は翼内の燃料タンクに何も防弾装備がないですよね。これは、機銃弾が一発燃料タンクにあたるだけで火がついて、墜落することを意味します。このまま放置すると、陸攻が実戦に出た時に敵戦闘機の迎撃を受けて大変な被害を受ける日がやってきますよ。燃料タンクの防火が絶対に必要です」

 和田部長の顔が曇る。
「九六式陸攻の燃料タンクに防弾がないのは君の言う通りだ。だが、機銃弾が一発で火がつくというのは大げさではなかろうか? まあ良い。三木君、燃料タンクの防弾についても実験で確認してくれ」

 この打ち合わせがきっかけになって、三木技師はしばらくの間は防弾実験に明け暮れることになった。
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