蒼穹の裏方

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第2章 金星エンジン

2.4章 MK3A審査

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 昭和12年4月20日になって、いよいよMK3Aの試験機が我々の職場である航空廠に納められた。通算、2号機と4号機が三菱側で慣らし運転と初期確認も終わり、審査用の機材として試作エンジンが納められたのだ。まずは発動機部により地上での審査が行われるが、まだ三菱側での社内試験も実施中の状況なので、審査を行えるほど仕上がってはいない。予備審査の位置づけでほぼ1次審査に近い項目を試験してゆくこととなっていた。

 さっそく、松崎技師が若手の工員の応援も得て、発動機部の試作エンジン工場にあらかじめ確保されたエリアで試運転の準備を始めた。地上での試験運転でまず発生した問題は、連続運転をすると一部の後列の気筒頭部が高温となる事象であった。当初は、後列の気筒についてはもともと冷却空気の流れが不足気味なので、冷却不足かと思われた。しかし、エンジンを分解すると、プッシュロッドにより駆動される気筒上のロッカーアームなどの動弁機構の回転軸部が焼き付き寸前となっていた。

 現象としては潤滑油不足である。オイルの潤滑不足の原因については、菊地技師が図面を徹底的に確認して解明した。後列気筒の動弁部分は、後列の中空のプッシュロッド内の供給量の調整メカニズムを経由してオイルが給油されている。後列プッシュロッドに対してオイルを供給する部分は、後列のプッシュロッドの位置変更に伴い、設計変更となっていた。この後列のプッシュロッドへの給油ラインの取り回し距離が長くなっており、特に重力に逆らって給油しなければならない後列の上部気筒に対して潤滑油が不足していた。根本的にはエンジン後部の潤滑油の供給系統の改善が必要であるが、当面はオイルポンプの圧力を増すことで凌ぐこととした。

 試験初期の最も大きな問題は、4号機をエンジン試験用の九六式陸攻(実際は航空廠が保有していた九試陸攻の試作機)に搭載した後の飛行試験時に発生した。飛行試験を早期に実現すべく、もともと金星を搭載していた九六式陸攻の左側エンジンをMK3A試験エンジンに交換した。発動機架については、もともと九六式陸攻が備えた発動機架に若干の修正をしてエンジンを取り付けた。搭載作業も終わり、陸攻実験機による追浜飛行場での試験を開始した。

 1カ月ほど飛行試験を行って発生したのは、エンジン自身の問題というよりも運転容易化の問題だった。九六式陸攻での通常の飛行が充分可能となると、急上昇や急降下の試験が開始された。どうやら、実戦部隊上がりの飛行実験部のパイロットはかなり荒っぽい飛行をしたようだ。急な操作をするとエンジンが黒煙を噴き出して振動が発生する。別の条件ではエンジン温度が急上昇する問題が発生した。

 私と松崎、菊地の3名は実際に九六式陸攻に搭乗して問題が発生するまで、急上昇と急降下の連続試験を体験する羽目になった。おかげで私はエンジンの調子を観測するどころじゃなく、機内のバケツを手放せない状況だったが、私以外の2人はケロッとしていた。

「あー、排気管から黒煙が出ています。今度は、温度が上昇していますね」

 飛行機から降りて、飛行試験の計測要員に助けられてフラフラになった私が椅子にぐったり座っていると松崎技師がやってきて、早口に話し始める。

「明らかに燃焼の問題ですが、これからどうしましょうか? まあ、想定できる原因はいくつかありそうですが」

「慌てて想像原因に飛びつくよりも、発動機部の私の同期に、この分野の専門家がいる。彼にも同乗してもらい、もう一度午後に試験しよう」

 発動機部の中田技師にも陸攻に搭乗してもらい、前回と同様の試験を繰り返してみる。着陸後さっそく、中田技師に説明してもらう。

「ある時は混合気が濃くなっているようです。別の時には薄くなってノッキング気味の現象が出ています。高度の変化が急激なので、燃料の流量制御が後追いになって、追いついていないんですよ。急上昇するとエンジンに供給する空気は薄くなり、燃料の量がそのままだと混合気が濃くなります。逆に急降下すると、気圧が高くなって更に低空の温度上昇で空気が濃くなり、混合気は薄くなり温度が上昇します。九六式陸攻のような爆撃機にとっては過激な飛行ですが、このエンジンは戦闘機にも使われるはずなので、この程度の飛行は空戦機動としては普通にあり得ますよね」

 松崎技師が少し言い訳がましいことを説明する。
「このエンジンには自動空燃比調節装置がついていて高度による空気圧を感知して燃料の噴射量を補正しているのですが、それでも制御が不足しているということでしょうか?」

「いや、制御機構としては十分だと思う。高度が急に変わった時には、補正量をもっと素早く変化させる必要があるが、それがゆっくりしていて追随できていない。それと、補正する量自身も実際の飛行に合わせて調整が必要なんじゃないか」

 松崎技師が答える。
「うーん、わかりました。これは、三菱の燃料噴射機構の設計者の杉原さんか彼の部下に見てもらって、燃料噴射装置を改修するしかなさそうですね。直感的には大きな変更というよりも調整の範囲のように思いますが」

「問題が発生する飛行条件がわかったのだから、当面は、それを避けて飛行試験を進めよう。この機体は間に合わせなので、あまり手はかけずに対処して試験を進めるしかないからね」

 想定通り、翌週になって三菱から派遣された技師が自動空燃比調節装置の調整を行うことにより、問題は解決した。
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