蒼穹の裏方

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第1章 新たな世界

1.3章 二・二六事件

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 自分の仕事を消化しつつ、脳内の二人の人格は、体の方になじんでいた。未来の意識がこの世界の私とほとんど同一化されたおかげで、二重人格的な違和感は次第に解消していった。その日は突然やってきた。

 未来の記憶があるにもかかわらずすっかり忘れていた事件が、昭和11年2月26日に発生した。

 皇道派の陸軍青年将校によるクーデター未遂事件である。当日の新聞報道は規制されていたが、横須賀市外への外出は禁止との通達が海軍省から発出された。事件の内容については、前世の歴史で習った知識があるので、情報統制されてもおおむね想像できた。事件の発生により、私が確信したのは、2020年代には歴史となっていたことが、この世界でかなり正確に繰り返されているということだ。

 日時まで含めてぴったり同じ事件が発生したと考えて間違いない。歴史の本で見た事件の写真は、背景が積雪の街であったのが印象に残っている。私の生きている世界でも二日前に降雪があり、2月26日の朝にも再び雪が降った。天候まで未来の私の知識に一致していた。

 翌27日には、海軍の第一艦隊が東京湾内に侵入して、長門が主砲の照準を都内の反乱軍に合わせるはずだが、もちろん我々の立場ではそのような対応はわからない。2月29日に反乱は鎮圧されたようだ。

 私たちの仕事も3月2日には平常の勤務に戻り、忙しい日常が戻ってきた。新聞も3月中旬になって、徐々に報道が始まった。報道制限のためか事件の一部が報道されただけだったが、断片的な新聞記事でも犠牲者など私が知っている史実と合致していた。

 やはり、私が想定した通り、この世界では前世の歴史となった過去の出来事が繰り返されている。私の祖父から聞いていた話では、曾祖父の人生は、終戦の年に東南アジアで終わったはずだ。急にリアルに自分自身の人生がいつ終わるのか告げられた。昭和11年2月からの残りの時間は、9年と半年になる。自分の行動により、これからの出来事は、どの程度変化するのだろうか。死亡した理由がわからないのが恐怖だ。但し、戦争が原因になっていると想定できるので、東南アジアの激戦地に行かなければ良いとも思える。未来のミリタリーオタクとしての知識によれば、航空機の稼働率を向上させたり、低下した性能を回復させるために、東南アジアの前線に、技術者が本国から派遣されたはずだ。多くの技術者は、そのまま現地で地上戦に巻き込まれて、日本に帰ってこられなかったのだと思われる。

 とにかく長く生きられるように、この世界の出来事を多少変えても、自分の未来の知識を最大限生かして生き抜こうと決心した。私という変数が、この戦争まっしぐらの世界に出現することにより、どこまで歴史が変わるのだろうか。少なくとも私自身の存在が、この世界の先行きに影響を及ぼすのは間違いない。バタフライエフェクトという言葉が頭をよぎる。できれば自分だけでなく、多くの人命が失われることは回避したい。そんな思いを抱きながら生きてゆこうと決意した。
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