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第1章 新たな世界
1.2章 仕事への復帰
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5日間病院で過ごした後、医者からは退院してよいと言われた。2日間、自宅で療養してからこちらの世界の職場に向かった。昭和11年2月3日に海軍航空廠の発動機部に出勤すると、予想通りまわりの同僚から言葉をかけられた。
「けがは大丈夫か? 何はともあれ、退院できてよかったな。大けがじゃないのが不幸中の幸いだったね」
発動機部長の花島部長が出勤してきて、席に着くのを待って報告に行く。
「おはようございます。医師から許可をもらいましたので、本日から仕事に復帰します。ご心配をおかけしました」
「ああ、おはよう。体はもう大丈夫なんだよね。いきなり全力で仕事を始めなくていいから、体の調子を見ながらやってくれ」
花島部長は、そこまで話して立ち上がると、部内に聴かせるために声を大きくして話し出した。
「みんな聞いてくれ。鈴木君が無事回復して、今日から仕事に復帰する。病み上がりなんだから、しばらくは手加減してやってくれ」
私からも挨拶しておく。
「ご心配をおかけしました。よろしくお願いします」
部長が一人の同僚の方を見ながら続ける。
「君が休んでいる間の仕事は、川田君にやってもらっていた。まずは彼から不在時の状況を聞いてくれ」
さっそく、川田技師と仕事の引き継ぎの打ち合わせを行った。川田技師は、私と一緒に東京帝大の機械科を昭和8年に卒業してから海軍航空本部に採用された同期だ。しかも偶然にも配属先も私と彼は同じ発動機部だった。
航空技術はどんどん進歩しているが、この時期の日本には圧倒的に技術者が足りない。近年になって、海軍は多数の工学系大学生を囲い込むため新たな方策を採用していた。軍属として技術士官を採用する従来の方法に加えて、民間の有識工員の位置づけで大学生の採用を始めていた。川田も私も有識工員枠で採用され、海軍航空廠の設立にともなって、航空廠の発動機部に技師として配属されることになった。
川田技師は、自分が書いた報告書を見せながら開発審査の状況説明を始めた。
「発動機実験班でやっている三菱のA8cの運転評価は、お前が休んでいる間も特に問題は出ていない。評判の良かったA8の改良型だから、あの発動機も素性がいい。お前の設計確認の仕事だが、クランク軸の強度評価については計算が済んでいる。3分割した新しい構造になっているが、強度は問題ないと思う。曲げやねじりに対する振動も計算したが、かなり共振周波数が高めとなっていたから、これも大丈夫だ。もともと俺の仕事になっていた新規に採用されたナトリウム封止の排気弁の評価だが、これについても問題ない」
私も目の前の書類にざっと目を通す。
「ありがとう、なるほど問題はなさそうだな。このままいけば、A8cは遠からず正式採用になると思って間違いないだろう」
「実機の運転試験でも問題は出ていないようだから、これから何もなければ制式化されるだろう。三菱は金星3型の次の型として、金星4型とでも命名すると思う」
前世の私のミリタリーマニアとしての記憶によると、A8cは金星4型と呼ばれていたが、その後の命名規則の変更により金星40型と名付けられるだろう。九六式陸攻や九九艦爆などの各種の航空機に使用されるはずだ。動作も安定しており、金星60型では1,500馬力に性能が向上する傑作エンジンとなるだろう。
川田も私も技師として、本格的に審査を任されて、エンジンの開発にかかわるのはこれが初めての経験だった。私がエンジン構成や内部構造の審査担当だったのに対して、川田は軸受けのケルメットやシリンダや弁などに使用される各種材料の審査を担当していた。実際にエンジンを動作させての性能評価は別の班が行っている。
このエンジンの構造は、クランク軸を3分割としてセレーションギヤにより結合したことが特徴だ。更に前列と後列の間に位置するクランク軸の中央部を玉軸受けで支えることにより、ねじれや振動に対する強度を確保している。また、減速歯車を従来のファルマン式から遊星歯車とすることにより、大きな減速比を可能とした。
これらの内部構造の審査は、この世界の私の仕事だったが、特に問題となることもなく終わろうとしていた。川田技師の審査担当となった、プレーンベアリングやクロームメッキピストリング、窒化シリンダ胴、ナトリウム封止排気弁など新規の技術として採用された材料も問題は出ていない。
「けがは大丈夫か? 何はともあれ、退院できてよかったな。大けがじゃないのが不幸中の幸いだったね」
発動機部長の花島部長が出勤してきて、席に着くのを待って報告に行く。
「おはようございます。医師から許可をもらいましたので、本日から仕事に復帰します。ご心配をおかけしました」
「ああ、おはよう。体はもう大丈夫なんだよね。いきなり全力で仕事を始めなくていいから、体の調子を見ながらやってくれ」
花島部長は、そこまで話して立ち上がると、部内に聴かせるために声を大きくして話し出した。
「みんな聞いてくれ。鈴木君が無事回復して、今日から仕事に復帰する。病み上がりなんだから、しばらくは手加減してやってくれ」
私からも挨拶しておく。
「ご心配をおかけしました。よろしくお願いします」
部長が一人の同僚の方を見ながら続ける。
「君が休んでいる間の仕事は、川田君にやってもらっていた。まずは彼から不在時の状況を聞いてくれ」
さっそく、川田技師と仕事の引き継ぎの打ち合わせを行った。川田技師は、私と一緒に東京帝大の機械科を昭和8年に卒業してから海軍航空本部に採用された同期だ。しかも偶然にも配属先も私と彼は同じ発動機部だった。
航空技術はどんどん進歩しているが、この時期の日本には圧倒的に技術者が足りない。近年になって、海軍は多数の工学系大学生を囲い込むため新たな方策を採用していた。軍属として技術士官を採用する従来の方法に加えて、民間の有識工員の位置づけで大学生の採用を始めていた。川田も私も有識工員枠で採用され、海軍航空廠の設立にともなって、航空廠の発動機部に技師として配属されることになった。
川田技師は、自分が書いた報告書を見せながら開発審査の状況説明を始めた。
「発動機実験班でやっている三菱のA8cの運転評価は、お前が休んでいる間も特に問題は出ていない。評判の良かったA8の改良型だから、あの発動機も素性がいい。お前の設計確認の仕事だが、クランク軸の強度評価については計算が済んでいる。3分割した新しい構造になっているが、強度は問題ないと思う。曲げやねじりに対する振動も計算したが、かなり共振周波数が高めとなっていたから、これも大丈夫だ。もともと俺の仕事になっていた新規に採用されたナトリウム封止の排気弁の評価だが、これについても問題ない」
私も目の前の書類にざっと目を通す。
「ありがとう、なるほど問題はなさそうだな。このままいけば、A8cは遠からず正式採用になると思って間違いないだろう」
「実機の運転試験でも問題は出ていないようだから、これから何もなければ制式化されるだろう。三菱は金星3型の次の型として、金星4型とでも命名すると思う」
前世の私のミリタリーマニアとしての記憶によると、A8cは金星4型と呼ばれていたが、その後の命名規則の変更により金星40型と名付けられるだろう。九六式陸攻や九九艦爆などの各種の航空機に使用されるはずだ。動作も安定しており、金星60型では1,500馬力に性能が向上する傑作エンジンとなるだろう。
川田も私も技師として、本格的に審査を任されて、エンジンの開発にかかわるのはこれが初めての経験だった。私がエンジン構成や内部構造の審査担当だったのに対して、川田は軸受けのケルメットやシリンダや弁などに使用される各種材料の審査を担当していた。実際にエンジンを動作させての性能評価は別の班が行っている。
このエンジンの構造は、クランク軸を3分割としてセレーションギヤにより結合したことが特徴だ。更に前列と後列の間に位置するクランク軸の中央部を玉軸受けで支えることにより、ねじれや振動に対する強度を確保している。また、減速歯車を従来のファルマン式から遊星歯車とすることにより、大きな減速比を可能とした。
これらの内部構造の審査は、この世界の私の仕事だったが、特に問題となることもなく終わろうとしていた。川田技師の審査担当となった、プレーンベアリングやクロームメッキピストリング、窒化シリンダ胴、ナトリウム封止排気弁など新規の技術として採用された材料も問題は出ていない。
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