薔薇摘む人

Kokonuca.

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「さぁ、今日はもう寝ようか?」 

 そう促す保さんの寝間着の裾を、思わず掴んでしまった。 

「ん?」 

 手を見る姿に、慌てて手を引っ込める。 

「ごめんなさい…」 

 掴むつもりじゃなかったんだけど… 
 もう一度謝ろうとする前に、保さんが顔を覗き込んできた。 

 黒い瞳に、俺が映っている。 
 俺だけが、保さんの視界を占めている。 

「今日、一緒に寝ようか?」 
「えっ!?」 
「一緒に寝るだけ。初めての所に来て、楷くん不安そうだから」 

 不安…ではない。 
 むしろ安堵に近いと思うその感情を、どう表していいのか分からなくて、結局また俯いた。 

「さ、おいで」 

 ぽんぽん…と布団を叩かれ、居場所を教えられる。 
 邪険に、遠くに追いやられても招かれる事なんかなかった。 
 おいで…がくすぐったくて、でもそこに行きたくて。
 俺は俯いたまま布団に入り、保さんの腕枕で眠った。 


 次の日も、その次の日も… 


 不安だから…とか、虫が出たから…とか理由をつけて、けれどその内、保さんの腕枕で寝るのが習慣となってしまった。 
 だから、俺の部屋にある布団は一度も使った事がなかった。 

 でもそれも、いい加減終わらせないといけない… 


「進路はやっぱり、進学じゃないのかい?」 
「うん、働きたい」 
「…家、出るのかい?」 
「……」 

 俺はもう長い事熟睡してない。 
 理由は、隣で眠る保さん。 
 その腕の中が気持ち良くて、安心出来て、その温かさにのめり込むに連れて、ドキドキして眠れなくなっていった。 

 いつからか…は、分からない。 

 保さんの寝顔を見詰め、その髪を撫でる。 
 寝息を聞きながら胸に手を置くと、規則正しい脈拍が返る。 
 そっとその唇の端に、躊躇いながら口付けると、 

『ショウコ…』 

 時折小さな囁きが返る。 
 涙すら滲ませながら… 

 ショウコさん、 

 保さんの奥さん、 

 亡くなって何年も経つのに、名前を呼び続けてもらえる人。 
 いつからだろうか、その名前にじりっと胸を焼く感情を抱き始めたのは… 

「…もう少し、居てもいい?」 

 寝入る保さんに口付けて、返る名前にのたうつ日々は、胸を掻きむしる様な日々だったけれど、失いたくない大事な日々だった。 

「居ていいに決まってるだろ?家族が出ていって嬉しいなんて、絶対に思わない」 

 保さんは、いつもはっきりと俺の欲しい言葉をくれる。 

 …俺は、保さんに何がしてあげれるんだろうか? 

「うん……ありがとう」 

 はにかみ、笑い返す。 



 俺の笑顔は、もうぎこちなくないんだろうか? 



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