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落ち穂拾い的な クラドの謝罪
しおりを挟む「あ……マテルはどうしてここに? 観光……? ロカシも一緒に?」
オレの言葉にぴくんとクラドの耳が動いたけれど、それよりもどうしてマテルがここに来たのかが問題だった。
「ロカシ様はいらっしゃっておりません。私はバトラクス閣下に乳母……ばあやとして招かれました」
「ばあや?」
きょとんと言葉を零してクラドを見ると旅装も解いていない状態のままで、目の下にはクマが見て取れる。
少しでも早くマテルを連れてくるために、以前のように無理をしたのでは……と少し睨むと、ばつが悪そうな顔をして「身を清めてくる」と言って出て行ってしまった。
「お子様が、しかもお二人も産まれるから巫女様おひとりでは……と」
しまってしまった扉を見ながらマテルは面白そうに微笑みながら言う。
「気心の知れた私がいると安心するだろうとおっしゃってました」
「クラド様が?」
突然のことに驚いているオレに対しての微笑を苦笑に変えて、マテルは「頭を下げられたんですよ」と申し訳なさそうに口に出す。
「え?」
頭を下げた と言われて、誰が? と思わず言ってしまいそうになる。
クラドは謝罪を口にしない……と言うわけではなかったが、それでもマテルのように位がずいぶん下の相手に頭を下げるのは余程のことだ。
貴族としての沽券にかかわるかもしれない。
ましてや王弟として過ごしてきたクラドが謝ると言うことは……
「以前、ずいぶん脅かしたことに対しての謝罪と、それから巫女様の力になってやって欲しい と」
「あ……」
自分自身もクラドに酷いことをした自覚はあるけれど、突然剣を抜き放ったことには本当に震えがくるほど怖かった。
「それから、私の知恵が巫女様をお救いした、同様に子供達にも教授して欲しいとおっしゃいました」
ゴトゥスでのことを思い出して、マテルに教えてもらったサバイバル知識がなかったらどうなっていたか と言うことに思わず頷く。
「あの日、突然お別れになってしまって……お手紙から幸せであるのはわかってはいたのですが、ずっと気にかかっていたので……こうしてお会いできるなんて 」
「ん うん、オレも会いたかったよ」
お互いの手をぎゅっと握り締め言葉にならなかった部分を伝え合う。
実際一緒にいたのは一年にも満たない間だったけれど、マテルは確かに一人で出産に臨むオレを支え続け、産んだ後も傍らにいてくれた人だ。
そんなマテルが駆けつけてくれたことに、自ら連れてきてくれたクラドに、オレはこれからの不安がぬぐわれて行くような感覚を噛み締めながら感謝した。
END.
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