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おまけ 131
しおりを挟む「もういいっ! 退くぞ!」
ダンクルの大きな声がびりびりと空気を震わせたのと、魔人の口から溶けた短剣が出てきたのはほぼ同時だった。
魔人は不愉快そうに短剣を吐き出した後も幾度かげぇげぇと粘膜を吐き出して、腹が和まないとでも言いたそうにバタンバタンと体をくねらせる。
小さな子供の駄々をこねる姿にも似たそれだったが、巨木のような体格にされては振り回される触手ですら凶器としか言えず……
怪我人を連れていたために逃げられずに吹き飛ばされた何人かが瘴気の海に沈んでいく。
「 っ、 」
何か手はないか、何か打開するための手段はないか、まだ何かもがけることがあるんじゃないかと歯を食いしばった俺に、めちゃくちゃな軌道を描く触手が振り下ろされて……
「 ────くっ! 退くと言ったぞ! お前が判断するべきことだろう⁉︎」
俺を庇ったダンクルはルキゲ=ニアで触手を防いだものの、押し負けたように弾き飛ばされる。
多少の傷はあっても余裕を見せていた様子は薄れて、ダンクル自身も懸命にここから生きて帰るための算段を考えているのが窺えた。
けれど……
瘴気と魔物の蠢く音の向こうに仲間達の悲鳴を聞いて、
視界を覆うほどの黒いイトミミズのような塊と腐臭を嗅いで、
巨体をゆっくりと持ち上げた魔人を見上げて……
檄を飛ばす言葉の代わりに「は 」と短く肺から息が漏れた。
「 はるひ」
長剣を握る手に力を籠め直して、一言だけその名前を口に出す。
きっとこの後この名前を口に出してもいいと思えるほど、凪いだ瞬間はこないだろうから万感の思いを込めて。
「……魔人は引き受けます、後はお任せしました。できる限りの隊員を連れて帰ってやってください」
「何を言っている! おい! ……お前は馬鹿だ! なんでもかんでも自分を犠牲にすればいいと思ってる! 本当に馬鹿だ!」
「はは、では……弟が気になってこんなところまで来る兄上は阿呆じゃないですか」
にやりと笑って返してやると、ぎらぎらとした青い瞳に睨まれて……
けれどお互いにどうすればいいのかは問答するよりもはっきりとわかる。
お互いの手の甲を無遠慮にごつんと擦り合わせて、それぞれの行かなければならない方へと駆け出す。
振り回される触手を、正面から受けるのではなく逸らし、流すようにし、最小限の力でいなしながら魔人へと向かっていく。
巨木のような鈍色の塊が恐ろしくないのかと問われれば恐ろしいとしか返せない、自分の無力さを感じるのかと問われればそうだとしか答えられない、幾らゴトゥスの英雄とご立派な肩書がついたところで、その肩書は俺一人で成しえたものでない以上、この状況では俺は自分の力のなさに嘆くしかできない獣だ。
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