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おまけ 128
しおりを挟む思わず地面が揺れているのではと錯覚させる叫びは山にこだますることなく一瞬で消え去り、辺りは不気味なまでの静寂だけが漂う。
ほんのわずか、息をしただけでもその妙なバランスが崩れてとんでもないことが起こりそうで、騎士団の誰もが固唾を飲んでぴくりとも動かない。
何が起きたのか、なんて答えられる人間はここにはいないだろう。
ただこれが大事の前の静けさなのだと、唾を飲み下しながら思った。
鈍色の肌、額の角、髪の代わりの触手、そして人ならざる巨体。
これから何が起こるのか……気配を窺っていると突如ぼとん と鈍い音がした。
まるで木の上から死んだ生き物を放り捨てたような音だったと思い、俺はそろりと辺りを窺う。けれどその間にもぼとり ぼとりと音が響き始め、俺達の周りはやがてぼとぼとと言う肉塊が地面に叩きつけられているかのような音で取り囲まれることになってしまう。
あまりの気味の悪さに、エステスを確保したのならば……と「巫女を連れて戻れ!」と指示を飛ばした。
だが……負傷した者を庇いながらどれほどが退却できるのか?
ここには以前の時のように巫女はおらず、周りに湧いて出た瘴気や魔物を薙ぎ払ってくる存在はいない。こうしてみると、あのゴトゥスでの戦いの際にはかすががどれほど俺達を救ってくれたのかがよくわかった。
「 あ゛あ゛ 、ぁ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
軋む歯車の音にも似た呻き声がこちらに迫ってくる。
それが魔人の口が俺に食らいつこうとしているのだと気づいた時には、その咥内に並ぶやけに白いとがった歯がすぐそこにまで来ていた。
飛び退こうとした瞬間、脇に走った痛みにぐっと体勢が崩れる。
エステスの罠にかかった際に折れたかどうかした脇だった。
瞬間的に走った激痛に足が動かず、逃げるのが一拍遅れてしまう。けれどこの状況ではほんの一瞬、一刹那が生死を分ける。
「 ────っ!」
ごぉ ん と腹に響く音に思わず身をすくませるが、魔人の牙は俺には届いてはいない。
代わりに俺を覆ってしまえるほど大きな背中が目の前に立ちふさがっている。
魔人の口をルキゲ=ニアで押し留めているのだとわかった瞬間、ざっと血の気が引く音が聞こえた。
「……ダンクル……ダンクル! 何やってるんですか!」
力の入らなかった足に活を入れて飛び上がり、ルキゲ=ニアに食らいついている魔人の歯の隙間に長剣を差し込んだ。
「何……とは、もう少し優しくなってもいいだろう?」
「な、 っ」
ぎぃぃぃぃぃ と金属を擦る不快音が耳を刺激する。
服の上からだと言うのにダンクルの筋肉がぐっと盛り上がったのが分かった途端、ぎちぎちと口が開いていく。
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