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おまけ 110
しおりを挟む「 ──── お前は馬鹿だ!」
耳を打った言葉に、思わず思考が停止した。
低く聞き馴染んだそれは本来ならばここで聞いてはならない声だ。
「 は……?」
どっと跳ねた心臓に苦しさを覚えたが、それでも声のした方に顔を向けることはできない。
目の前の魔人が何をするか、どう出てくるのかわからない今、目を離すことができなかった。だから、声の聞こえてきた方向と気配を頼りに探って……
ぱぁんっと破裂音がしたのは魔人の後方だ。
突然上がった火の気にはっと息を飲んだ瞬間、逆の方向から銀色のきらめきが視界の端に踊り、それを追いかけるように細身のしなやかな体が宙を舞うようにして飛び込んでくる。
飛び込んだ勢いのまま魔人の触手を弾き飛ばし、間髪入れずに黒い玉を魔人へと投げつけた。
「ぅ゛ ゥ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
じゅう と生き物の焼ける胸がむかつくような臭いが漂い、怯んだように見える魔人が仰け反って後ろに仰け反る。
「はるひ様! こちらへ!」
上がった声は低くハスキーで、けれど懐かしい声だ。
その声の持ち主はエステスを蹴りつけるようにして引きはがすと、はるひの傍にさっとかがんで抱き上げる。
ばさりと薄茶の髪が広がり、黒いメッシュが見えた瞬間に俺は思わず口の端に笑みを乗せてしまっていた。
魔人のものと同じ金色の瞳だが、もっと生気に溢れてきらきらと光の粒を弾く目で俺をとらえた途端、その声の持ち主……騎士の制服を着たスティオンは愛嬌たっぷりにぱちんとウインクを投げてくる。
本来ならばこんな状況でそんなことをしているなんて……と小言の一つでも言わなければならないのだろうけれど、スティオンに抱き上げられたはるひを見て飲み込むしかなかった。
「行けっ!」
俺の短い言葉ですべてを理解したのかスティオンの動きに迷いはなく、俺の方に鞄を投げつけると何一つ説明もないまま背を向けて走り出した。
スティオンがこの場にいたのはものの数秒で……蹴り飛ばされたエステスは、何が起こっているのか理解できないままに混乱した動きで首を振っている。
けれどさすがに……魔人は火で焼け焦げた触手を庇うようにしながら俺をひたりと睨みつけてきた。
俺の方に投げられた鞄の方へとにじり寄りながら……これで俺がすることは魔人の足止めに決まった と覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
何が起こったのか……痛みに脂汗をかきながら顔を上げると、間近に迫ったのは宮廷医のスティオンの顔だった。
「っ ぇ……⁉︎」
「はるひ様、今しばらく静かにお願いいたします」
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