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おまけ 106
しおりを挟む「 クラド様っ!」
それは突然切りかかった俺を非難する叫びと言うよりは、注意を引くかのような声だった。
異常な音だと脳に届いた瞬間に理解して、振り下ろそうとした刃先がぶれたのが自分自身でもわかったけれど、もうどうしようもない。
振り抜いた長剣の切っ先が地面を掠る感触を感じながら「はるひ!」と背後に庇ったはずの姿を探す。
「はるひっ ⁉︎」
ぐっと力を込めた手を振り出せなかったのは、青い顔をして白さを見せつけるように首を仰け反らせているはるひが目に入ったからだった。
限界まで逸らされた首には筋が浮かぶほどで、それを横切るように鈍色のナイフが突きつけられている。
ほんのわずかでも動けば、その刃ははるひの綺麗な肌を傷つけるだろう。
唾を飲み込む動作すら、きっと……
「な……っ…………先代巫女の、エステス様ですね」
はるひを羽交い絞めにしている少年にそう声をかけるが、はいともいいえとも返事を返しては来ない。
血の気のない薄い唇をまっすぐに引き結んで俺を睨み、はるひを掴んでいる手は緩む気配すら見せなかった。
その碧の両の目が俺に見せる感情は明らかに負だ。
俺が憎くて堪らなかったし、適うならば全力で屠りに行くのに……と言う言葉に頼らない感情が肌を突き刺すようだった。
じり と間を詰めようとした時、俺とはるひの間にずるずると触手が這い寄る。
「……エステス様、はるひを放してください」
習い性でかエステスに対してなんの礼儀も示さなかったことに居心地の悪さを感じはしたが、はるひに刃物を向けた段階で敬意など抱くに値しない人間なのは決まり切っていた。
「ゆっくりとナイフを下ろし、手を離してください」
最後の情けとばかりに今から命を守るためにエステスがしなければならないことを指示する。
極々簡単な動きで、何も悩む必要のない言葉だ。
────従わないと言うのなら、……
ジリ と靴底が岩と砂利を踏んで音を立てた瞬間、這っていた魔人の触手がぶわりと体積を増した。
一瞬で視界を覆いつくすほどに膨張するそれは、育ったと言うよりは一本一本を限界まで引き延ばして膜にしたと言った方が正しいような形態をしていて、薄く向こうを透けさせて見せる。
「 ぃ っ!」
びくりと耳の筋肉が引き攣る。
それは聞いてはいけない言葉だった。
いや、正確にははるひには言わせてはいけない言葉だ。
触手の膜にパタ と何かが飛び散る。
俺の視線の高さまで飛んだそれは触手の膜に遮られているからと言ってその鮮やかな色味を失ってしまうようなものではなかった。
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