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おまけ 67
しおりを挟む自分と彼ら以外いないこの場所で、その声が示すのは自分だと一瞬で悟った。
とっさに腕を引いて逃げようとするも、それくらいではびくともしないようにくくりつけられているのか、その場からわずかも逃げることはできない。
見てはいないのに、金色の瞳がこちらを見た気配がした。
ぞっと背筋を冷たいもので舐めまわされるような、そんな気分にさせる視線だ。
「 っ」
じゅるん……と触手がまた爪先に触れそうになって、悲鳴を上げてできるかぎり体を小さく縮める。
「ダメだって! 言っただろ!」
鋭く制止する声がして、爪先に触れた触手がひくりと跳ね上がった。
「それに手を出しちゃ、だめ」
重ねるように言う言葉に従うように、じゅるじゅると粘膜の動く音がして氷でも押し付けられたんじゃないかって感覚になっている爪先から触手が引いていく。
そこは……黒いインクに漬けたように黒く染まっていて、足首にも同様の黒い筋が這い上がるようについていた。
あの魔人の触手に触れられたところだ……と思うと同時に、この黒シミがもたらす結果にぶるりと体がわななく。
雪原で、たった独り取り残されるような、あんな寒さに身を苛まれて……
「や……なに、が、 」
「…………」
魔人の撫でていた青年が手を止め、立ち上がってこちらへふらりと歩いてくる。
先ほどまでの性交? のためなのか歩きづらそうに体を傾がせながらオレに近寄ると、その裸体を堂々と目の前に晒すように仁王立ちした。
身体的な特徴はなかった……いや、あるなしで言うなら、彼には何もないのが特徴だ。
獣の耳もなかったしふさふさとした尾もなく、体を覆う柔らかなウロコを見つけることもなかった。
つまり彼は……只人だ。
人と魔人が……? と必死に頭を動かしてみたがそれ以上は考えられなかった。
生き物は、瘴気や魔物……魔人に触れられると皮膚に黒いシミがついて、やがてそれが全身に広がって行くにしたがって発熱と悪寒に苛まれ、最後は崩れ去ってしまう。
この世界の住人がそれを知らないなんてことはあるはずなくて、オレは青年の行動をどう理解したらいいのかわからずに震えるしかない。
「シミが、ついたね」
状況の説明でもしてくれるのだろうかと言う淡い思いはあっさりと消えてしまった。
青年が指さした先にあるのはオレの脚で……中でも黒い部分だ。
「……」
「君は、これから黒くなって死んでいくけれど」
「な なんで……」
「感想が聞きたいかな」
そう言って微笑みに弧を描く瞳はぞっとするほど冷たいアイスブルーだ。
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