狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!

Kokonuca.

文字の大きさ
上 下
179 / 303

おまけ 55

しおりを挟む



 この言葉を言うことは、きっとヒロをミロクに託したはるひを裏切る行為だと分かる。
 はるひは自分がいなくなった後も、俺がきちんとヒロを育てて慈しんで行くと信じているからこそ託したんだろう。

 あの状況で、希望を持って……
 
 自分の子の手を離す決断を、どんな気持ちで行ったかは腹を痛めたことのない俺にはうかがい知ることのできない事柄だけれども、小さく、頼りなく、そしてどこまでも愛おしい手を離す苦渋はわかる。

「  ヒロのことを、よろしくお願いいたします」

 掌にぶつんと蝋引きの紐の千切れる感触が響いて、飾りのビーズがぱらぱらと毛足の長い絨毯の上に音もなく落ちる。

 突き出した拳の中にはひやりとした青い宝石の感触がして……

「そうか」

 頑なに動かないと思えた唇からそう言葉が漏れ、俺の手からカメオを受け取る手はひやりと冷たかった。

「騎士でないなら口出しは出来ないな」

 ぽつんと零れた声は俺ですら聞き落してしまいそうな小さなもので……

 兄と険しい顔で物言いたげだけれども口を引き結んでいるエルに頭を下げて執務室を後にした。




「閣下っ!」

 鋭い呼びかけはラムスの物だ。

 その後ろからディアが遅れて走ってくるのが見えて、一瞬無視しようかとも思ったけれど思い返して足を止めた。

「その格好はっ  」

 青い顔をして俺の頭から爪先まで見たラムスが言葉を詰まらせる。最後に下げている剣の柄に視線をやってから、困惑を隠せない表情のままディアを振り返った。
 ゆっくりと歩調を緩めるディアも俺の格好に気付いたのかショックを受けたのを隠そうとしない。

 王宮で過ごすための服でもなければ、騎士の制服でもない今の俺の姿はただの旅人か冒険者にでも見えるだろう。
 幸いこの黒い耳と尾が身分証明になってくれてはいるが、馴れない者は俺と認識できないかもしれない。

「しばし時間を下さい!」
「ラムス⁉お前何を言っているんだ⁉」

 止めようとしたディアを押し退けて、ラムスは俺に詰め寄ってくる。
 
「すぐに準備して参りますからっ!お願いです!」
「騎士であることは返上した。だから、もう俺に付き従う義務はない、すぐに新たな配置の連絡が行くだろう」
「私はっ  他の誰の下にもつきません!」

 きらきらとしたつぶらな黒い瞳は真珠のようで、それから溢れる俺に対する敬愛の感情にはいつも救われていた。

 男の多い隊の中で苦労もしただろうし、ポジション的に『種の揺籠』と……戦いに出る王族の傍らに侍り、子種を持ち帰る役目だと揶揄われることもあっただろう。
 それでも忠実に真摯についてくれたことに対して、感謝している。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...