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しおりを挟む「……来てくださったんですね、ベレラ伯爵」
富める者だけがはける靴の爪先を見ながら、一年前と同じようにその名前を呼んだ。
この人がオレを……いや、異世界から来た人間を嫌っているのは知っていた、先々代巫女とのやり取りが原因だと言うようなことを聞いたけれど、侍女の噂話なのだから詳しくはわからなかった。
けれど、明らかに悪意に籠った視線と、何かにつけて聞こえよがしの言動がそれを裏付けていて、もともと貴族達があまり得意でなかったのだけれども、このベレラ伯爵は群を抜いて苦手だった。
けれどあの時、ベレラ伯爵から囁かれた言葉は、消えてしまいたかったオレには甘い甘い蜜のようで、飛びつかずにはいられなかった。
ベレラ伯爵が、子を成せないことを理由にかすが兄さんの王の番と言う地位を廃そうとしているのではないかと、ぼんやりとは感じていて、それは娘を王妃にと願うベレラ伯爵にとってかすが兄さんが邪魔だったから と言う、それだけの理由だった。
「挨拶も碌にできんのか」
「っ 星々のごときベレラ伯爵にご挨拶申し上げます」
一年前は、挨拶をしようとしたら「この状況で呑気なものだ」と返されたので、きっとオレがどんな挨拶をしてもしなくてもこの人は気に入らないんだろう。
下げた頭をゆっくりと上げると、どこかスティオンと似ている顔が苛立ちを隠そうともしないでこちらを見ている。
ベレラ伯爵には、野望があったそうだ。
先代巫女が召喚された際、あまりにも幼かったために王族に釣り合う年齢の者がおらず、クルオス王には巫女ではなく貴族から后を……と言う話が持ち上がっていた。
それはもちろん、ベレラ伯爵の娘であるスティオンも例外じゃなくて……
けれどそんな野望は先代の代わりに召喚されたかすが兄さんのせいで脆くも潰えてしまった。
なまじ王と昔から交流があったあっただけに、覚えもめでたかったためにベレラ伯爵の落胆は凄まじかったらしい。
先々代、先代、当代の巫女により煮え湯を飲まされたベレラ伯爵の憎悪の先は、なんの力もない巫女の身内のオレにまで及ぶほど執拗で……
「この度は、私の願いを聞き届けてくださ 」
「うるさい。無駄口しか叩けないのか?」
ぐっと言葉に詰まったけれど、今はこの人に縋らないとここから出ることは叶わないから、詰まった言葉をそのまま飲み込む。
スリングの中で眠っているヒロのためにも、少しでも速やかにここから離れて逃げなくちゃいけない、でないと……かすが兄さんもクラドも……幸せになれないから。
相思相愛の二人をオレが邪魔しちゃいけなくて、かすが兄さんも大切だしクラドも同じくらい大事だった。
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