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しおりを挟む突然あんな風に連れ戻されて碌に感謝も挨拶もできないままで、恩を仇で返したようなオレにロカシは腹を立てて恨み言を言ってもいいはずなのに、きっと、この二つが無くなるとオレが困るから……
その心遣いが嬉しくて、
「 っ」
ふる と肩が震えて涙が溢れる。
「ロカシは?あ……ロカシが持ってきてくれたのではないのでしょうか?」
「だったらどうした」
普段だったら、低くなったその声の理由に気がついたと思うのに、その時のオレはただただロカシに対しての感謝の気持ちがいっぱいで、クラドがオレをどんな表情で見ているか気を配れなかった。
「会いたくて」
お礼を言わなきゃって。
王弟の不興を買うのを承知で届けてくれたんだから、きっと、テガも反対しただろうに……
「会って 」
ありがとうって……
安堵と感謝で止まる気配を見せない涙を繰り返し拭うオレに、クラドはぽつりと「体が回復次第、場を整えよう」と約束をしてくれる。
「 ぁ、 ありがとうございます!」
もしかしたら、何をふざけたことを って言われるかもと心配していたから、飛び上がりたくなるくらい嬉しくて。言葉の端々にロカシのことが気に入らないと言っていたクラドだけに、その言葉が貰えるとは思わなかった。
「 やはり、俺では────」
呻くようなその声は面会を約束してくれた際の声よりもはるかに小さくてうまく聞き取ることができなかった、けれどそこに含まれる苦々しい声音は心を引っ掻くような鋭さが含まれていたことがわかったから、はっと顔を上げて黒い瞳を見上げる。
「クラド様?」
窺うように、一呼吸、二呼吸の間を置いて……
「あの、すみません……うまく聞き取れ 」
問い直すオレの目の前に手が突き出され、それがそれ以上の詮索を拒む行動なのだとわかったのは、オレを見ないままに背を向けられた時だった。
「長居したな、ヒロが起きたらまた来る」
「クラド様⁉︎」
名を呼んでも扉へと向かう歩調を緩めずにその意志の強さを表すようにしっかりとした足取りで進むと、もう一度呼び止めるためにかけた声が聞こえなかったかのように出て行ってしまった。
退出の挨拶もなく、振り返りもしない背中はオレへの興味を一切なくしてしまったかのようで。
さんざんクラドから逃げ出したと言うのに、向けられた背の拒絶するような気配に心がひやりと冷たいものを感じたのがわかった。
手に持った封筒をじっと見詰めていたが、今日もそれを届けてくれと侍女に告げることができないままサイドテーブルの引き出しに片付ける。
そして「はぁ」と大袈裟な溜息を吐いてから天井を仰いだ。
「『やはり、俺では────』……」
先日クラドが零したその言葉の続きを思い出そうとしてはるみたけれど、きちんと聞こえなかった言葉を思い出すのは難しくて、話の前後を思い出して考えてみるもしっくりくる言葉を見つけることはできない。
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