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「  向こうの世界はさ、こっちよりも医療が断然進んでて……」

 一瞬触れてはるひの体温の低さに驚いたのか肩大きく揺らし、それから項垂れてその手を握り直す。

「こっちの世界で致命傷になるような傷や病気も、向こうじゃすぐに治ったりして……こんな風に衰弱した時に飲ませる薬とかもあって…………そしたらすぐに元気になるのに」

 ぽた とはるひの手の甲に雫が落ちる。

「    僕、何もできない」
「そんなことはありません、こうして聖別した水もご用意されて   」

 緩く首を振り、小さく嗚咽を上げたその背中を慰めるように摩るしか、俺には出来ることがなかった。

 ハンネスが慌てた様子をできる限り押さえ込もうとしている風で俺達を呼びに来たのはその直後で、兄からの呼び出しだと畏まった言葉で伝えてきた。


「   ──── 簡単な報告は受けたが、詳細が知りたくてな。すまないな、はるひの傍についていてやりたかったろうに」

 執務室の椅子に座る兄がそう言うと、久しぶりに顔を見るエルがソファーに座るように促してくる。

 三か月前に城に戻った時には顔を合わせる時間もなかったために、会うのは本当に久しぶりだった。少し痩せた?やつれた?雰囲気をしていたが、元気そうで何よりだ。

「はるひの話から聞こうか」
「はるひは……」

 ちらりと正面に座ったかすがを見ると、不安そうに柳眉を下げてこちらを見詰めている。

「はるひはテリオドス領辺境伯の嫡子ロカシ・テリオドスの……保護下にありました」
「それは……」

 俺が一瞬言い淀んだ言葉に不安を感じたのか、かすががさっと身を乗り出す。

「身分を明かしていなかったため、相応の扱いではありましたが衰弱や大きな怪我などはなく」

 そう言ったものはなかったが……

 この先の言葉が言い出しにくく、少しでも報告が遅れたら と俺は他に何か報告することがないかを探した。
 けれど、そのこともすでに兄には報告がいっているのだろう、こちらを見る碧い目に陰鬱な色を乗せて睨みつけてくる。

「  こ、どもを、  設けておりました」

 ガタン と大きな音を立てて立ち上がったかすがの口が驚きに動いてはいるが、言葉が出てくる様子はない。

 その驚きが治まるのを待ってから続けようかとも思ったが、兄が「それで?」と促したので仕方なくあの赤い三角耳を思い出しながら報告を続けた。

「三角の尖り耳と房状の尾、赤い毛を確認しましたのと、ロカシ・テリオドスの証言でも自分の子と申しておりましたので、父親はロカシ・テリオドスに間違いはないかと」
「本当にはるひが産んだのか?」
「母乳の出と、……再度後ろの潤みも確認しました。はるひは只人ですが、子を成せます」
「なっ  !」

 俺に掴みかかろうとしたかすがを一瞬早くエルが押さえ込み、落ち着くようにと繰り返し宥めて再びソファーへと腰を降ろさせる。

「確認 とはな、俺はてっきりこの三月の間に孕ませて帰って来たのかと思っていたんだが……」

 不機嫌そうに尾が椅子を叩いてぱしんと小気味よい音を立てた。



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