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しおりを挟むオレは、どうなっても良かった。
クラドと過ごした時間が、それが最後の記憶になるんだったら本望だ。
でも、
ぽとん と涙が溢れて沢の水面を揺らす。
「 ────ヒロをっ」
尻が濡れる冷たさも、小枝が皮膚に突き刺さって感じる痛みもすべてが遠い世界のようで、自分に起こっていることへの実感が湧かないまま、ただ泣き喚くヒロを庇うように身を竦めるしかできない。
「ヒロを助けてっ! ヒロはっ ヒロだけでいいからっ あっ!」
触手がぐい と腕を鈍色のモノの方へと押しやった瞬間、パキ と再び音がしてオレを拘束していた触手が砕け散ると、黒い欠片は小さな粒になって雨に打たれて溶けるように空中で消えて行く。
「なに ……なにが ⁉」
じゅる と触手の塊が動いてオレを目掛けて動き出した途端、雨の音やパキパキ響く音が聞こえなくなって、空気の切り裂かれるような音が、耳ではなく体を伝わって響いた。
体の重みが急に軽くなって……
視界の端を触手の塊が吹き飛ばされて飛んでいく。
「 ──── はるひっ!」
暗い中でもはっきりと光って見える銀色の小刀が投げられて、吹き飛ばされた触手の塊に突き刺さったのが見える。
黒い幾つも絡まり合った触手がパキ と音を立てて解けて……さらりと砂に還ったのは一瞬の出来事だった。
「クラ クラドさまっ‼」
暗い木々の合間に銀色の軌跡が翻る。
一切の迷いもないその動きを表すかのように滑らかに振り上げられた銀のきらめきが……
「 ────っ!」
ど と衝撃を受けたのと、クラドが躊躇なくオレに向かって長剣を振り下ろしたのはほぼ同時で、一瞬……逃げ出したオレに腹を立てたクラドが切りかかったのかな?なんて場違いな考えが脳裏をよぎった。
それくらい、クラドの顔は見たことがないほど険しくて……
「はるひっ!動けるか⁉」
「あ 」
人を射殺せるんじゃないかってほどきつい視線は、オレを越えてオレの背後に注がれていて、そちらから逸らされることはない。
「 離れて くれ、早く!」
振り下ろした長剣を突き立てながら怒鳴られて……
はっきりと理解できないままにオレは冷たい水から立ち上がろうと手をついた。
「 ────い、 だぁい、」
オレの声じゃない。
クラドの声でもなかった。
もっと低い、岩肌を擦るかのような掠れた割れ響く声。
「早く、押さえている間に っ」
剣を突き立てるクラドの肩の筋肉がぐっと盛り上げり、奥歯を噛み締めたのか頬が攣れるように動いて……
「ぃ゛だぁ いだ、 い゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ ──── 」
鼓膜を直接引っかかれるような不快感。
割れるような絶叫に引きずられたのか一層ヒロの泣き声が大きくなって。オレは震えてうまく動かない足を動かそうとしたけれどうまく動かず、なんとか動いた腕で這うようにその場から距離を取ろうとした。
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