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しおりを挟むすぐに戻れるはずの戦いが大幅に長引き、皆が焦燥し……
「……あれから三か月か」
城に帰れば、はるひが迎えてくれると信じながら無我夢中で剣を振るった。
血煙と瘴気の吐き出す黒い飛沫と、魔物の咆哮とそれから……絡みつく瘴気の奥の……
「 っ」
ぶるりと背筋を走って行ったものが、ただの水滴だったのだと思いたくてタオルを背中にぱしんと叩きつける。何はともあれ帰ってこれたのだ と自分に言い聞かせて、傷だらけの体を隠すようにシャツを羽織った。
それでなくとも薄暗かった宿の部屋は日が落ちて更に暗く、はるひの目では歩くのもままならないのではないだろうかと思わせる。幸いなことに、部屋が多少暗くとも俺は問題なく歩けるし困ることはない。
「 おかえりなさい」
赤ん坊用のベッドを添わせてある壁際のベッドの上からそう声がかかる。
「 ああ」
呻き返すような返事しか出来ず、はるひの息を飲むような気配がした。
はるひにとってそれは何気ないただの挨拶だったんだろう。けれどその言葉は、あの戦いの中で生きて帰れば聞けると信じ続けていた言葉だった。
城に帰り、巫女の凱旋を出迎える人々とその先にはるひがいて……
そう言ってくれると信じて……
今すぐ走り寄って、その両肩を揺さぶってどうして城から消えたのか、どうしてテリオドス領に居たのか、どうして……あの狐の子を愛おしそうに抱いているのか、問いただしてどんな事実の一片でも白日の下に晒してしまいたい衝動に駆られてしまう。
「……いや、はるひもさっぱりしてくるといい」
「ありがとうございます。でも、オレは遠慮します」
戸惑いの気配と、それから健やかな寝息が聞こえる。
赤ん坊を一人残して行くのが心配なのだろう、いや……俺の所に残して行くのが心配なのか?
子供を怖がらせるだけの奴が面倒を見れるわけがないと?
いや、違うな。
この、俺が子供に何かするのでは と言う危惧か。
こちらを慎重に窺う態度の中に不信感を見つけた気がして、胸の奥を冷たい物で撫でられたような悪寒にぎくりと体が強張った。
そこまで俺は、はるひの信頼を失っているのか……
「……寝ている赤ん坊を見ているくらいできる」
「でも 」
「城に着くまで汚れたままでいるつもりか?」
ぐっと言葉が詰まって、ややあってからベッドの上の影がゆっくりと動き始める。
「すぐに……戻ってきますから」
「ああ」
「何かあれば 呼んでもらえたら……」
「早く行け」
そうやって後ろ髪を引かれるように何度も躊躇するくらいならば、その時間でさっと清めに行ってくればいいものを。
ベッドの縁でもたもたとしているはるひの傍まで行くと、暗い中で白く浮かび上がる手を掴んだ。
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