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 仮にも一国の王子と言う立場を授かっているのだから、それなりの場所と手順を通して一片の憂いもなくはるひを抱きたかったと思うのは、我が儘だろうか?
 床は固かっただろうし、後唇は濡れてはいたが初めての身には潤いが足りずに痛い思いをしたのではなかろうか?手の皮も削ってはいなかったから、肌を傷つけたかもしれない。

 名残のように香るはるひの発情の残り香に、酩酊にも似た幸せな思いで声をかけようとした瞬間だった。

 小さな嗚咽を聞いたのは……



 雷鳴に意識を揺り戻されると、一瞬の光に照らされてはるひの顔が浮かび上がる。

 あの日よりも少し大人びたと言えば聞こえはいいのかもしれなかったが、ただやつれただけだ。
 テリオドス領でもはるひの扱いを思い出すと、今すぐ引き返して全員の首を刎ねてやりたくなって、その衝動を抑えるためにぐっと眉間に皺を寄せなくてはならなかった。

 まだ首が座っていないところを見ると産んで数日と言う日の浅さだろう、そんな体のはるひを働かせ、あまつさえあんな狭い家に押し込めて……これから寒くなると言うのに防寒の類は一切見当たらず、森番小屋ですら設置されている暖炉がなかったことには驚きを通り越して呆れかえるばかりだ。
 小生意気にテリオドス領の次期領主だと名乗るのならば、子を産んだ相手の生活くらい平穏なものにしてやるのが義務ではないのか と、はるひが大事そうに抱えて離さない腕の中身に目を遣る。

 寝言なのか、赤ん坊が小さく声を上げるとはるひはたまらなく幸せそうな顔をする。

 本当は、子供の声が聞こえた瞬間にもしかしたら と言う淡い期待があった。
 こんな風に突然雨に降られたあの日に授かった俺との間の子供がいるのではなかろうか と。

 …………忌々しいほど赤い毛の、獣人。

 しかも産まれた日を考えればどうにも計算が合わないのだから、本当に淡い期待だったと言うことだろう。

「やはり、切り落としておくべきだったか」
「え?」
「いや、気にするな」

 あの赤毛狐の尾がベタベタとはるひに触れていたのを思い出し、良くない気分が更に不快さを増す。

 尾は獣人達に残された本能に近しい部分であり、走るにも木登りにも使わなくなった現在の使用目的はセックスアピールだ。故に尾を持つ者は幼い頃からむやみやたらに尾を振るわないように教育されるが……

 それを承知で摺り寄せると言うことは、縄張りの主張も兼ねているわけだ。

 不愉快な赤狐め。

「  クラド様、あの……兄の具合は、そんなにひどいんですか?」
「ああ、いや。あれは方便だ。コリン=ボサの寵愛を受ける巫女が体調を崩すなんてあり得ないだろう」

 冷静でいればわかることだろうに、はるひはその言葉に一瞬驚きの表情を作り、それから悲しそうに俺を睨みつけて来た。

「……悪質です」

 一年で、意志の強そうな眼の光は更に輝きを増したように思う。



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