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しおりを挟む「…………」
この年になれば、クラドが跪けば流石にオレの方が大きい。
初めてこの人と出会った時は、こうやって跪いてくれてやっと視線が合うくらいだったな……と、会話の内容とはまったく関係のないことを思っていた。
言葉も通じない世界で、怯えるオレに、貴男は優しく『こんにちは』って拙い日本語で話しかけてくれた。
異国の言葉ばかりが頭上を行き交う中で聞いた瞬間、あの時オレはクラドを……
「さぁ、はるひ」
促されて取られそうになった手をとっさに振り払う。
「兄さんには手紙を書きます!だから……だから、」
「帰らない」の言葉を続けようとして言葉が喉に貼り付いた。
「 意志は固いんだな?」
深い闇を思わせる黒い瞳は、オレと同じ色味のはずなのにそれよりも幾分深く濃く、漆黒に見える。
伸びた前髪に見え隠れするそれは光を宿さず、対する人間の心の底をひやりと凍りつかせるかのようだ。その冷たさに思わず「帰る」と漏らしそうになったのをぐっと堪えて頷くと、射るような視線が一瞬瞼の奥に隠された。
視線から逃れることができてほっとできるはずなのに、なぜだか悪寒が背筋を撫でる。
「 そうか。……テリオドス伯」
もう跪く必要がないと思ったのか、ふらりと立ち上がるその姿は何かを決心したかのようにも見えて、嫌な予感にぶるりと体が震えた。
「残念だが、子息ともども罪を償ってもらう」
「……は?」
「貴殿らの罪状は王族に連なる者の拉致及び監禁、傷害、────それから、強姦罪もだ」
「殿下……何を……。王族に、など そんな」
テガはぶるりと身を震わし、青い顔をクラドとオレに交互に向けた。
「その者は……そこまでの…………」
「俺が探しに来た時点ではるひの身分を察するべきだったな」
そう言うとクラドはすっと軽い棒でも扱うような滑らかさで長剣を抜き放つと、不愉快そうに鼻に皺を寄せてロカシの方へと一歩進む。
日が差しているとは言え薄暗い室内にギラギラとした銀色の光が散って、誰のものかわからない息を飲む音が聞こえる。
「はるひの名誉のために証拠はすべて消させてもらう」
火でも押し当てられたかのように全身に鳥肌が立った。
クラドは、本気だ。
「 オレの 名誉……なんて……」
「お前は子供を孕まなかったし、産みもしなかった。それを見た者はいないし知る者もいない」
やけに光を反射する長剣がゆっくりと振り上げられて……
思えば力で押し通そうと思えばできたものを、クラドは辛抱強くオレを説得しようとしていたのだと思う。
自分の身分は明かさなければならなかったけれど、オレの身元に関することは隠そうとしてくれていたのも、後々よく考えれば思い至る。
けれど……
「 っ 」
まだ時折零れる嗚咽は自分でも止めようがなくて、その度にヒロを抱く手に力を込めて心を落ち着けようと努める。
そんなオレを馬車の向かいから眺めるクラドの目は昏く、正面に座るオレを見ているのかどうかわからなかった。少しでもオレを見て何らかの感情を見せてくれれば と願うも、それは無理そうだった。
「 、 っ」
堪え切れなかった涙が零れてヒロの頬の上にぽとんと落ちると、それがきっかけになったのか伏せられていたヒロの目が微かに開く。
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