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黒鳥の湖
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しおりを挟むいつか遠い未来、もしも時宝がこの子のことを知った時を考えなかったわけじゃない。
自分の血を引く私生児を、時宝は快くは思わないだろうってことは、何度考えても覆らなかった。
知らない間に存在していた子供に対して、時宝は……
「だからこんなの捨てちゃおうよ!寒いなら、俺が那智黒のショール拾っておいてあげたから 」
なんの遠慮もない動きで上着の襟を掴み上げると、勢いよくぐいぐいとメチャクチャに引っ張ってくる。
サイズの大きな時宝の上着をオレから引き剥がすのは難しいことは何もなくて、抵抗しようとしてもあっさりと肩が脱げてしまった。
ひやりと冷たくなった肩が心細くて、不安で、頼りなくて、────寂しくて。
「や いやだっ!」
渾身の力を込めて腕を振り払って時宝の上着に触れていた手を叩き落すと、蛤貝の目にみるみるうちに涙が溜まって……
「なんでっ!那智黒は俺の傍にだけいればいいし!俺のことだけ考えていたらいいし!俺にだけ優しくしてくれたらいいのっ!那智黒は俺の言うことを聞いていればいいし、俺だけが那智黒を好きにしていいんだからっ!」
びり と肌を震わす絶叫は絹を引き裂くような悲鳴にも似ていたけれど、その形相はオレを怯ませるには十分だった。
頭の中に警鐘がぐゎんぐゎんと響き渡って今すぐ耳を塞いでうずくまってしまいたくなる。
でも、ここでうずくまってしまったら……
「 ────っ‼︎」
声は耳で聞き取れるような音ではなかった。
鼓膜が痺れる音に弾かれるように出入り口の方へ駆け出し、飴色の廊下へと飛び出して黒手たちがいる方へと駆け出す。
背後は怖くて振り返ることが出来ず、追いかけてきているのかそうでないのかははっきりとわからない。ただはっきりわかっているのは、あのままあそこに居ればこの子が……
「 だ、れ かっ!この子 をっ、赤ちゃんを助けてっ‼︎」
恥や外聞、大声を出すのはいけない、走っては駄目だ なんて規則は頭の隅にも存在していなかった。
「 ────待ってよっ‼」
いつも傍にいた蛤貝の声を聞いて、肌が粟立つ日が来るなんて……
ひぃ と肺が奇妙な音を立て、喉の奥がつっかえて震える。
「俺の、 とこに っ」
蛤貝の伸ばされた指先がオレを捕らえようとした瞬間だった。
「────触るな」
短く鋭い声はオレを飛び越して……
小さな蛤貝の悲鳴が聞こえて、まるで熱い物にでも触れたように手を押さえてうずくまってしまった。
「 っ な、 」
なんで の言葉は膝の力が抜けてへたり込む動作に紛れて消えてしまい、口から出ることはなかった。
「じ、時宝 さま ?」
オレを見下ろす目は硬質で……
また再び拒絶されることが怖くてうずくまるようにして体を縮める。
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