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黒鳥の湖
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しおりを挟む「な なんでそんな怒ってるの? あ!分かった!じゃあ俺、身請けを断るね!」
「……は?」
「俺一人であの部屋ってやっぱりずるいと思ってるんだろ?だったら、俺も断ってここに来れば機嫌直してくれる?」
ねぇ!と強めに強請られて、何も返事が返せなかった。
そんな安易な話をしているわけじゃないのに蛤貝はそれしか心当たりがないとでも言いたげで……無邪気に笑う蛤貝を不気味に感じて緩く首を振る。
「大部屋って石の時以来だよね?ねぇ、空いてるところならどこでもいいんでしょ?隣にするね」
「な なに、言ってるの、神田様がせっかく……」
「神田様神田様ってうるさいなぁ!お断りするって決めたからもういいよ!全然顔も見せてくれないし!」
「そ そんなこと言うもんじゃないよ!神田様は蛤貝のために 」
「もういいの!」
きつく拒絶を口にした蛤貝は、とっさに身を引こうとしたオレの腕を掴んでキラキラとした瞳をこちらに向けてにこりと笑いを漏らす。
「那智黒がどこにも行かないなら、身請けされる必要なんてないんだから」
理知的なのにいたずらっ子のように輝く瞳に浮かぶ昏い光はそれを打ち消すのには十分で、どんどん胸の内で大きくなる不安に急かされるように強く掴まれた腕を引っ張る。
食い込む程にしっかりと掴まれた腕はオレが少し力を込めた位じゃびくともしてくれなくて、思わず「離して!」と声を上げた。
「……どうして?」
「い 痛い からだよ」
蛤貝の握力で握られたくらいじゃそんなことは思わないんだけど、こちらを見る蛤貝の瞳の昏さが一番の理由だった。
昏い、
昏い、
いつもと変わらず綺麗な瞳をしているのに、オレを見詰める目は……
「那智黒は俺の傍にいないとダメなんだから」
「駄目とか、そう言う話じゃないよ。オレは下の部屋に来てしまったんだし、蛤貝は神田様と一緒になるんだろ?時宝様と外に行った時、楽しかっただろ?キラキラした世界は蛤貝にとてもよく似合っていたし、そこで暮らすと退屈なんてこともなく っ」
「なんでっ!」って鋭い言葉で遮られた途端、後頭部が硬い枕に押し付けられる感触がして、ずしりと圧しかかられてしまう。
押し倒される経験なんて、時宝にされたことしかないオレはそれが居心地悪くて、ジタバタと藻掻くように手足を動かして蛤貝の細い体を押し退けようと躍起になった。
「っ !蛤貝っ!退いてっ!なに なにす 」
「那智黒が身請けされないなら俺もされないし、那智黒がここに居るなら俺もここにいるよ」
「なに 言って?お金持ってる人に身請けされて、外に行くんだって言ってたでしょ?何言ってるの?」
オレを見下ろす目は……ただ、昏い……
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