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黒鳥の湖
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しおりを挟むオレの返事を聞いて気をよくしたのか、蛤貝はちょっと拗ねた雰囲気を和らげて、ちらりとオレの方を見る。その癖は、何かオレに尋ねかけて欲しい時の動作で……
「どうしたの?」
「帯、結び直してくれない?」
突然そう言われて頷くも、もう蛤貝の相方ではないのだからそれはまずいことにはたと気づいて大慌てて首を振った。
「駄目だよ、オレはもう蛤貝の相方じゃないんだから、今は誰に結んでもらってるの?」
「……黒手がしてくれてる」
「じゃあ黒手に頼まないと」
諭すように言うけれど、そんなこと蛤貝だって百も承知のことだろう。
「だって、黒手の帯は可愛くないから」
再び拗ねた雰囲気を強くした蛤貝を見遣ると、なるほど……確かにオレが結ぶ物よりもシンプルで実用的な感じがする。けれど、だからと言って華がないわけじゃないから、それで十分なはずだ。
「ごめんね、結べないよ」
「 っ」
「オレ、気を失ってたのかな?心配してくれてありがとう。でもここには出入りしないほうがいいから、もうこれっきりで 」
自分の言葉が耳に届くよりも先にビチャッてしなる鞭で叩かれたような鋭い音がして、肩にどっと衝撃が走る。
腕の上に落ちる濡れた手拭いのせいで襦袢がじわりと水を含んでいって……
「俺が言ってるの!俺の帯は那智黒だけが結んでいいんだから!」
「オレはもう結べないんだって。それに蛤貝は神田様に身請けされる立場なんだから、余計こんな所に来ちゃいけない。ここは 」
思い出すとまたぐっと胃がせり上がりそうになる。
薄墨がオレに見せたアレは、この『盤』の在り方から遠く離れたただただ快楽のための行為だ。
「神田様に迎えに来て下さるまで、退屈だろうけど部屋で大人しくしていないと。もしもがあったらよくないんだから」
「そんなの、『盤』の外に出る訳じゃないし、別にいいだろ」
「蛤貝……」
拗ねて見せるけれど、身請けの決まった蛤貝にこれ以上『もしも』があってはならない。
そんなことになれば蛤貝までも下の部屋に移らなくてはならなくなってしまう。それだけは避けなければと、厳しい顔のままぴっと出入り口の戸を指差した。
「いいわけないだろ!誰のせいでこんな所にいると思ってるの?不愉快だから出てって、蛤貝の顔はもう見たくないの」
はっきりそう返すと蛤貝は大きな両目をはっと見開いて唇を引き結ぶ。
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