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黒鳥の湖
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しおりを挟むオレは押し入れの中から一組の布団を取り出すと薄墨とは対角になる部屋の隅にそれを運んで置いた。カビ臭いと言うほどではないけれど,長年仕舞い込まれていたせいかじわりとした冷たさのあるそれを背もたれにして腰を下ろす。
馴染まない部屋の香りと馴染まない光景に心細くなって膝を抱える。
蛤貝がいない空間にいると言うのも落ち着かなかったし、覚悟をしていたはずなのにいざここにこうして座っていると不安で潰れてしまいそうだった。
今頃、蛤貝は機嫌を直しているだろうか?せめて出て行く時に一言挨拶でも言いたかったけれど……
それに、時宝は……
オレのことを少しでも思い出してなんらかの、例えそれが怒りや蔑みの感情だとしても感じてくれているだろうか?
ほんの一瞬とは言え番であったのだから、せめて心の隅にでもオレへの感情を残しておいて欲しいと思うけれど、αにとって番を解消してしまったΩなんてものは路傍の石とさして変わらないのだとしたら……
「もう、忘れられてるかな 」
仕事が忙しいからと、余計な手間をかけさせられることを嫌っていた時宝のことだ。
こんな不愉快で面倒なことなんてもう欠片も思い出していないのかもしれない。
「……せめて子供のことは、教えてあげたかったな」
子供が欲しくて、いやいやと言う体を隠しもしないでここにきていたんだ、それだけでも教えて上げることができたら、喜んでくれ……
「そうしたら、この子と離れなきゃならなくなるのか 」
それは、考えただけで胸がきゅうっと苦しく感じるほどだった。
「っ うっせぇ、騒がしくすんな」
「ご、ごめ 」
ポツポツと呟いた独り言だったけど、がらんとしたこの部屋ではオレが思っている以上に大きく響くようだ。
唸る薄墨が枕に頭を落ち着かせ直した拍子に、サラリと黒くて結えられていない髪が流れて項が顕になった。
「っ!」
真後ろにつけられた小さな楕円の連なる痕は見間違いようのない、αに噛まれた番契約の痕だ。
思わず自分のネックガードに手をやり、血の気が引いてしまった指先で時宝がオレにつけた傷の辺りをなぞる。
薄墨がどうして下の部屋にいるのか、どうして項を噛まれているのか……本人が話さない限りオレにはそれを知ることはできないのだけれど、その姿が未来の自分であることだけは容易に想像できた。
番の、時宝以外のαを受け入れて、その子供を孕む。
考えるのは簡単だったけれど、いざその時に直面したとしてオレは……
「……っ」
ぶるり と寒気を感じて肩を抱き、日のあたりが悪いせいか漂うじっとりとした空気のせいか体が冷えてしまっていたようだ。
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