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黒鳥の湖
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しおりを挟む数畳の広さで、端に畳まれた布団が置かれている、たったそれだけの簡素とも言えないほど何もない部屋だ。
「あ?やっときたのか」
がらんどうのその様子にオレが動けないでいると、後ろからそう声がかかる。
振り返ってみなくても、その声の持ち主が誰かなんて分かりきったことで、反省室でのことを思い出して気まずい思いをしながら頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします」
「……」
返事を待つも何かを言い出そうと言う気配がなく、頭を深く下げたせいか薄墨の表情がわからずに訝しがりながら顔を上げる。
こちらを見下ろす薄墨は……
いつもの軽薄なような、斜に構えた雰囲気ではなく感情を読み取るのが難しい無表情だった。
「布団を広げた部分が自由に使っていいスペースだからな、それ以外にはみ出るなよ」
「わかりました」
「それから……奥にちっせぇ洗い場があるから、仕事が終わったらそこで洗え」
ずかずかと奥に行って薄墨が戸を開けると、簡易とも言えないような狭いシャワー室がある。
「向こうの風呂は使うなよ」
「えっ 」
共同ではあるが、『盤』にはそれなりの大きさの風呂だってちゃんとある。こんな体をぶつけながら入らないといけないシャワー室よりも、そちらを使った方がいいだろうにと思っていると、薄墨ははぁと大袈裟に溜息を吐いて見せる。
「部屋持ちでもないのにいつでも風呂が使えるわけねぇだろ。ましてや一日に何度もなんて使ってみろ、どやされるぞ?」
「なん ?」
「まさか下の部屋のオメガが発情期だけしか仕事をしないとでも思ってんのか?」
「……それは」
Ωの発情期の体は抱かれるための負担を減らすために非常に柔軟になる。だから、ここでは発情期以外の性行為を禁じてはいるけれど、それは下の部屋の住人には適応されなくて……
「俺達の方に来る客は入口も交尾場所も違うしな、そっちと同じって考えるなよ」
交尾 と言われてぶわりと背中に悪寒が走る。
それじゃまるで動物の繁殖だと言い返しそうになってぐっと言葉を飲みこんだ。下の部屋で行われることについては重々理解していて、それを承知でそれでも蛤貝と入れ替わったんだから、今更騒ぎ立てても後の祭りだ。
「数こなさなきゃ捌ききれないんだから、きばれよ?」
「か ず ?」
「まぁ孕んだらちょっと一息つけるさ」
こともなげに言い放つ薄墨はそのことに関してそれ以上の感情も何も持っていないようで、人目を憚るような大きなあくびを一つして布団を広げてその上に寝転がる。
「はぁーせっかく大部屋を一人で使えてたってのになぁ。俺は寝るから騒がしくすんなよ?」
「 はい」
こちらに向けられた背中はあっと言う間に静かな寝息をこぼし始めて……
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