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黒鳥の湖
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しおりを挟む「診察をお願いします」
やはりいつもと変わらない様子で、奥のベッドからのそりと体を起こした津布楽先生を見るなり、黒手に掴まれている手を振り払って逃げ出したい衝動に駆られる。
思わずぎゅっと手を握り返してしまったオレに、黒手はもの思うような表情を向けてから、津布楽先生の方へ向いた。
オレからは前にいる黒手の表情は見えなかったけれど、津布楽先生の浮かない表情でどう言う種類の感情を浮かべているのか、推測は難しくない。
「まだ無理だ」
「何か方法は?」
「……」
二人だけで通じる会話をされてもオレにはさっぱりで、嫌な汗を感じながらそわそわと落ち着かずに出入り口の方へ視線を向ける。
ここは駄目だ、
出て行きたい、
ここは駄目だ、
ここは、
ここには、他のαの臭いが……
「那智黒!」
肩を揺さぶられ、はっと振り返ると二人が険しい顔でオレを睨んでいるところで……
「ちょっとこっちにきなさい」
津布楽先生にそう言われて……
「あの、 また今度に 」
すくんで動かない足が、津布楽先生が身を乗り出すに従って震え始める。
「や っ、つぶ せんせ 来ないでっ」
一気に血の気が下がって、寒くないのに悪寒を感じた気がして体が震え、そうしようと思ってもいないのに体が勝手に逃げようと動き出す。
幼い頃から何かの際は診察してくれた慣れ親しんだ人のはずなのに……
圧迫感に押し潰されてしまいそうだ。
「…………まず、間違いないと思う」
津布楽先生の言葉はやっぱり意味が分からなかったけれど、黒手は眉間に深い皺を寄せて好意的ではない表情を作って窺うように津布楽先生の方に身を乗り出す。
緩く首を振り、黒手を押し返しながら津布楽先生は先程まで転がっていたらしい乱れたベッドの方へと向かってその端に腰を降ろした。
なぜだかその行動にほっとする自分がいて……
「那智黒、貴男は ……妊娠しています」
言葉に苦さがあるように、それをオレに告げた黒手の表情は今まで見たことがないほどにしかめられたものだった。
ショールをぐっと胸の前で握り締め、下げた視線の先の薄い腹を見る。
『他のアルファを警戒するって言うことは、少なくとも命と言う形が出来始めているんだろう。ただ性交後すぐ分かるものではないから、可能性がある 程度に思っておいてくれ』
そう津布楽先生は念を押しながら、苦々しそうな表情のままだった。
『他のアルファのフェロモンは堕胎を促す。会うことはないと思うが注意するように』
だから、津布楽先生が恐ろしく思えたのか……
そう言われれば納得はできたけれど、この腹の中に新しい命が宿っていることに対して、気持ちは複雑だった。
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