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黒鳥の湖
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しおりを挟む「その件につきましては……」
規則を破った神田様については、黒手と先黒手で話し合って相応の賠償の話が進んでいると言う。
それならオレのような下っ端が不用意なことを言うわけにもいかないので、答えることができることは何もない。努めて冷静に、相手を刺激しないようにそろりと言葉を唇に乗せる。
「黒手の方からご説明を……」
戸惑いと怒りの気配を含ませて、神田様が大股でこちらへと歩み寄ってくる。
いきなり乱暴をされたりはしないだろうと思いたいけれど、番を奪われたαの行動なんて予測が出来なくて、今にも崩れ落ちてしまいそうな足に活を入れてよろよろと後ずさった。
「なぁ、彼は僕の 僕だけの 」
「お話を、 説明いたしま っ」
オレの一歩と神田様の一歩の差は大きくて、距離を取る前にあっと言う間に詰められてしまって、オレの体はすっぽりとその影の中に入ってしまった。
神田様は、何もしていない。
なのに、
どうしてだか、震えが止まらなくて……
αが傍にいると言うことが、恐ろしくて、恐ろしくて……
「ま ずは、お、おちつ 」
声よりも歯がカチカチと鳴る音の方が大きくて、神田様に何が伝わったのかわからない。
オレを掴むために伸ばされた手から逃げようがなくて、反射的に視界から追い出すためにきつく目を瞑った ────が、神田様がオレの体に触れてくることはなかった。
「 ぅ、あ っ!」
呻き声と、バタン と廊下に何かが倒れ込むような鈍い音がして、きつく閉じた瞼の裏がさっと明るくなる。
「 ……?」
「……こいつは何だ。暴漢か?」
聞き馴染んだ声にそろりと目を開けると、腕を押さえて呻きながらうずくまっている神田様と、こちらを冷ややかに見下ろしたままの時宝がいて……
「 お、ぉ客様、です」
ぶる と震えた体を自分自身で励ますように抱きしめ、時宝の問いに簡潔に答えると、厳めしい時宝の眉がぴくりと反応を見せる。
「ですから 乱暴は……」
「そんな顔色で、それでもこいつを庇うのか?」
廊下に転がる神田様の体がびくりと跳ね、真っ青な顔をして震え出したと思ったらまるで怪物にでも会ったように、怯えを滲ませた目で時宝を見上げると、小さく謝罪の言葉を漏らし始める。
じっとりとした空気が床を這う。
冷ややかに、まるで地べたのごみを見下ろすかのように見つめる姿に……
威嚇フェロモンを出しているのだ と、腕に鳥肌が立って分かった。
オレに向けられているわけではないのに、体中に氷を押し付けられたかのような不快感と震えで、上手く息が出来ない。
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