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黒鳥の湖
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しおりを挟む乱暴で怖かった と言うなら、新枕の日の方がよほど怖かった。けれど、それを補って余りあるほど、時宝の腕の中で過ごせた事実は嬉しいものだった。
嵐に揉まれるとはまさにああ言うことなのだろうと、思い出してしまうと腹の奥がじり と焦れたような感覚に陥る。
性急で荒々しかったけれど、あの際の至福さは今思い出しても泣きそうになるほど胸を締め付けて、オレを落ち着かない気分にさせた。
「あ 」
開きかけた口を閉ざし、時宝に気づかれないように案内する動作に紛れさせて誤魔化す。
倒れたあの日に時宝が置いて行ってくれた上着のことを思い出したけれど、それを会話に上らせてしまいたくなかった。時宝が手を離さなかったから と置いて行ってくれたのだから、その話をすれば自然と返さなくてはいけなくなる。
それが、どうしてもいやで……
進んでそのことを口に出すことはできなかった。
『盤』の外に出るために手渡された抑制剤を掌の上で転がし、思わず蛤貝の方を見たけれど機嫌の悪そうな蛤貝はこちらをちらりともしなかった。仕方なく掌の妙に目立つ赤い薬を一息に飲み下し、薬を飲むと言う慣れない行為に顔をしかめて喉を擦る。
慣れないのは、薬を飲む行為だけじゃない。
自分自身を見下ろして、タイトなスーツに包まれた自分の体の慣れなささに不安になって唇を引き結んだ。
「会場までは私が付き添いますが、パーティー会場には入ることができませんので、くれぐれも粗相のないように」
粗相 とはどう言ったことを指すのか、知識として学んだために理解はしていたが実践経験としては身についてはいなかったため、どうしても拭えない不安感がある。
こんな時に、励まし合えるようにとの二人一組なのに……と蛤貝を盗み見た。
時宝の見立ての通り、白をイメージした細身のスーツは蛤貝によく似合っている。それに合わせるように揃えられた小物一式も、時宝自らが選んだのだと、蛤貝は自慢気に話していた。
それと正反対のオレの黒いスーツは……どうだろうか?
時宝が選んだものであるけれど、オレに合わせたと言うよりは対となるように蛤貝に合わせる形で選ばれた物だ。
着馴染まないその服はまるで借り物のようで、オレには全然似合っていないように思える。
鏡の中に見るオレはキラキラとした蛤貝の影のようだった。
弟の婚約者の顔見せのための小さな集まり と時宝は言っていたけれど、実際に連れて行かれた先は見上げるのに首を痛めなくてはいけないほどのホテルで、初めて外の世界に出ることができて驚いてばかりのオレ達の息を止めさせるには十分だった。
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