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黒鳥の湖
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しおりを挟む「こいし、がんばったんよ」
「偉かったな、ありがとう」
「だんなさま、なちぐろにぃさんのこといっぱいきいてらしたの。こいし、ちゃんとおこたえできたんよ」
さらさらとした気持ちのいい黒髪を撫でていると、時宝がオレの髪をことあるごとに撫でていたのはこう言う気持ちだったのか と納得がいく。
「にぃさん、だんなさま、できるん?」
「え 」
名持ち、部屋持ちのΩが旦那を持てば、時宝の時のように大袈裟だと言われるほど皆で出迎えて祝いを述べる、表面上それを行わなかったオレには旦那様はいないはずで……
問われた小石はひどく困ったに違いない。
「うむぎにぃさんのだんなさまが、なちぐろにぃさんのだんなさまのことをしりたいって」
きゅう と胸が押さえつけられた気がして、息の吸えなさに喘ぐように口をパクパクと動かす。
そうしてもちっとも空気は入ってきてくれなくて息苦しいままだったけれど、それでも何もしないよりはましだった。
「なちぐろにぃさん、まだだんなさまおられんのに」
事情を知らない小石は心底不思議そうで……
オレはそのつぶらな瞳に曖昧に微笑んで返すしかできなかった。
一抱え程の箱を黒手から渡されて、これはなんだろうと曖昧な表情のままそろりと窺うような視線を向けると、黒手もオレと同じように微妙な表情をしている。
「 ……時宝様からです」
「では、蛤貝に渡しておきます」
また胸がきゅっと苦しくなったけれど、それを誤魔化すために努めて平静を装ってそう返す。
どうしてわざわざオレを経由させて渡すんだろうか?
公の場ではオレは時宝となんの関わりもないと思い知らせるためなのだろうか?
そう思うとムカムカとした怒りが沸き上がるようで、平静を装っていたのに眉間にぎゅっと皺が寄ってしまった。
「いえ、それは貴男にですよ、那智黒」
「えっ え⁉」
一瞬で怒りが霧散して、出来るならぴょこんと飛び上がりたい気分になったせいで肩が大きく跳ねてしまう。
「……昨日の詫びだそうです が」
黒手は歯切れ悪くそう言うと、先程のオレの同じように眉間に軽く皺を寄せた。
「 ご令弟の婚約パーティーに、貴男も連れて行きたいのだそうです」
驚きすぎて手から落ちた箱の蓋が外れて、艶のある漆黒の服が広がり、そこに施された豪奢な刺繍とビーズの煌めきが目を射る。
きっと蛤貝のものと同じように極上の手触りがするのだと思わせるそれに手を伸ばすことができず、黒手が声をかけてくるまでじっとそれを見つめていた。
オレも共に時宝の弟のパーティーに出るのだと告げた時、蛤貝の動揺は今まで見たことがないほどで、こちらが驚くほどの癇癪を起こして、黒手が間に入ってくれなかったら掴み合いになっていたかもしれない。
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