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黒鳥の湖
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しおりを挟む「お前も客を取ったのか?」
「 っ」
「取ったのか⁉︎」
震えて片方の手で体を隠そうとするけれど、幾ら視線を避けてもその目から逃げられなかった。
肌の上を時宝の視線に嬲られて……
明るい日の光の下でこの男に体を舐めるように見つめられるのは、堪らなく羞恥を感じる事柄で、そのせいか指先からどんどん血の気が下がって行って、気分が悪くなるほど委縮してしまったのがわかる。
「 このような……体を見せて、ご ご不快な 思いをさせてしまいましたこと、申し 訳ございません」
体の奥の奥までこの男に暴かれたんだって思うとその視線すら凶器で、オレは震えを止めることも出来ないまま項垂れて涙声で謝罪し、入りたくて仕方のなかった時宝の視界なのに逃げたくてたまらない感情に震えを止めることができなかった。
「 これは、 お考えの通りでございます、ですから……手を 」
「 っ」
小さく呻くような声がして、また大きな声を出されるのかとびくりと体を強張らせたけれど、予想に反して時宝は声を荒げることもなくそのままゆっくりと手を離してくれたから、オレはほっとした心持でよたよたとよろめいた。
何かを言おうとしてやめたのか、こめかみだけが動くのが見えて、
言葉を待とうとしたのになぜだかオレを見ていた時宝の目が驚きに見開かれ、何事かを叫んだような気がしたけれどオレの耳には何を言っているのか聞こえることはなかった。
時宝の癖のある雨上がりような匂いに促されて目を開けると、手拭いを取り換えようとした小石とぱちりと目が合った。
「なちぐろにぃさん、おきた?」
「…………ああ」
何事かと体を起こそうとしたオレを小石が慌てて押し留め、もう一度横になるように促してから冷たい手拭いを額に乗せてくる。
よほど何事か と言う顔をしていたのか、小石は「たおれたんよ」と心細そうに言って可愛らしい眉を八の字にして見せた。
「なちぐろにぃさん、ひんけつでたおれたから、だんなさまがはこんでくださったんよ」
時宝が?
だから時宝の香りがしていたのかと思っていたが、オレの布団の上にかけられたスーツの上着が目に入り、思わず飛び起きてしまった。額からぼたりと落ちた手拭いを小石が慌てて拾い、少し怒ったような強い調子でもう一度横になるようにと勧めてくる。
「てぇはなれないから、おいていかれたんよ」
上品な光沢のあるその上着は、安易に放り出して行けるような代物ではないだろうに……
すん と意識して息を吸うと時宝の匂いが濃く感じ取ることができて、ほわりと胸の中が温められて行くような感覚がする。
「おかえりになるとき、なちぐろにぃさんのことしんぱいしてらしたんよ」
「そうか、オレの代わりに御見送りしてくれたんだな」
黒いおかっぱ頭を撫でると小石は嬉しそうに目を細めてふふふと可愛らしい笑い声を漏らす。
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