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黒鳥の湖
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しおりを挟むはっと息を飲む蛤貝の気配だけが伝わってくる。
「然るべき手段を取れば出ることも可能なのだろう?」
「は はいっ」
「では、外を見せてやろう」
「で、でも 」
「親族も何人か来る、お前を紹介したい」
ぎゅ と握り締めた拳にぱた と涙が零れ落ち、冷たい軌跡を残しながら滑り落ちていく。
「 俺の、番だからな」
叫び出したい衝動も、涙を擦り上げたい衝動も、すべて厳しく躾けられたせいかなんとか押さえ込むことはできたけれど、溢れ出る涙を我慢することだけはできなかった。
手渡された柔らかな白い生地のシャツに視線を落とすと、不服そうな蛤貝の声が「汚さないでね」と告げてくる。
「 ……」
手に乗せられただけでも十分にわかる質の良さと、繰り返し繰り返し見ても飽きないほど緻密に入れられた刺繍と、煌めくような上品な輝きを放つビーズと……
纏うと服を着ていると言うよりも素肌を重ねた と表現したくなるような、軽やかさと気持ちの良さがある。
蛤貝に贈られたそれをオレが着ることになった理由は、匂い だ。
時宝の弟のパーティーに参加する蛤貝はここを出なくてはいけない。
『盤』を出れば時宝はα用抑制剤を飲む必要がなくなるため、蛤貝の匂いがしないことを気付かれてしまうからだ。だから、時宝の番であるオレが蛤貝の服に匂いを移して、それで誤魔化そう と言う結論が出た。
「……こんなことして、どうなるんだ 」
誤魔化して、
誤魔化して、
その先は?
「こんなことしたって無駄だよ!もう、ちゃんと話をして謝って 」
「先黒手様達の判断でしょ!」
強く言われてはっと口を噤む。
「俺に言われてもどうしろって言うの⁉俺だって、吐き気我慢しながら時宝様と接してるのに、服着るくらい協力してくれてもいいでしょ⁉那智黒なんて、何もしてないんだからっ!」
押し出されてよた と部屋から出ると、勢いよく扉を閉められてその勢いの良さに思わず身を竦ませた。
「 時宝様の来られる時間までどっか行っててよ!」
自分勝手なその言葉に言い返したい気持ちもあったけれど……蛤貝の心境を思うとぐっと言葉を飲み込むしかできない。
「 ……」
時宝からは昨日に引き続き今日も訪れると連絡があった。
けれど神田様からは……
肌に馴染む柔らかな生地を撫でて、ままならない と小さく呻いた。
部屋を追い出されてずっとそこに立ち尽くしている訳にも行かずに、風が強いのか竹の鳴る音に釣られるように窓の方へと足を向ける。
割れるような ではないけれど、いつもよりも激しい音に落ち着かずにふらりと庭へと出てどこまでも続く、代わり映えのしない景色に目を遣った。
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