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黒鳥の湖
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しおりを挟むとっさに掴みかかろうとしたオレと蛤貝の間に黒手が飛び込んでくれなかったら、オレは蛤貝を引っ叩いていたかもしれない。
「 っ 那智黒さぁ、そうやって神田様のことで怒るくらいなんだから、那智黒が神田様のお相手をしてよ!俺が時宝様の 」
「蛤貝っ!」
ピシャッと鋭い黒手の声に、蛤貝ははっと口を押えて気まずそうにこちらを睨んでくる。
「……那智黒、少し手伝いを頼みます、一緒にこちらへ。蛤貝は明日の準備に努めなさい」
落ち着きを取り戻した黒手の言葉はいつも通りのはずなのに、今はひどく平坦に思えて居心地が悪くて一瞬返事に間が出来てしまった。
「来なさい」
重ねて同じことを言われてはいけない と、小さな頃から躾けられてきたせいか、黒手がもう一度促した際の言葉にびくりと肩が跳ねてしまい、気まずい思いをしながらその後をついて行くしかできない。
飴色の廊下で一瞬振り返ってみたけれど、蛤貝は先程のやりとりを別段気にしたふうもなく、自分達の部屋の方へと歩いて行く後姿だけが見えた。
「 貴男達の部屋を分ける事は出来ません。ですから、今後あのようなことのないよう、律しなさい」
ぐ と言葉に詰まり、動かしていた足が止まってしまう。
追いかけるように黒手の足も止まってこちらを振り返ったけれど、何も言う気配がないのでそろりと口を開く。
「それは、いつまでですか?」
「…………」
「 蛤貝が、身請けされるまで ですか?」
そう思うと、胃の辺りがキリ と痛むような気配がして、とっさに腹を押さえて顎に力を入れる。そうすると少しはましになるかと思えたけれど、内臓が冷えて凍ってしまったような錯覚に陥るほど、そこの痛みはとれてはくれない。
「いえ」
黒手はオレを見ずに、奥の屋敷の方を窺うような視線を投げてから「いつになるかは分かりません」と呻くように呟いた。
以前はぐずぐずと準備していた蛤貝が、時宝の訪れの前に準備を済ませていたのは初めてのことだった。
何事か と窺うような表情を作ってしまったオレに、蛤貝が軽く首を傾げてくすりと笑って見せる。
ただ、それだけなのに……
蛤貝には他意がないかもしれないのに……
ぐっと胸を押さえつけるような不愉快さに、思わず眉間に皺を寄せて顔を伏せた。
屋敷の入り口から座敷まで、時宝を案内するのは相方のオレの役目で、ぐっと唇を引き結んで時宝を出迎えた時、もう少しで唇が震えてしまうんじゃないかって思えてしまうほど、動揺してしまった。
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