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黒鳥の湖
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しおりを挟む倣うように頭を下げて、立ち入ったことのない奥の別館の座敷へと進む。
「 っ」
緊張からか、隣に座る蛤貝の飲み込んで吐き出せないとでも言いたげな、整わない呼吸音が微かに聞こえる。
御簾の向こうに薄く何人かの輪郭が見え、それが微かに動いたように見えた。
「 ────まぁこの度は、しでかしたそうだねぇ」
ふふふ と言葉に追随するように微かな笑い声が上がる。
聞こえた声はふわりとした柔和なもので、そこに何らかの怒りや叱責と言ったような感情は見受けられない。
てっきりひどく叱られるものだとばかり思って身構えていたせいか、まるで孫に声をかけるかのような温かみすら感じる物言いに戸惑い、下げていた頭をわずかに上げた。
「しかも、あの時宝家との取引で」
声の質は変わらないのに、付き従うふふふと言う笑い声が響かなかったせいか、ひやりと胸の内を冷たくするような気配にを感じ取って慌ててもう一度頭を下げる。
青々とした畳の目に意識を集中しないと震え出してしまいそうな、そんな心地になってぐっと肩に力を入れた。
「まぁでも 」
先程の声とは違う、鈴を転がしたような と言う表現がぴったりの愛らしい声が聞こえる。
「 那智黒は床入り明けなのでしょう?体もきついでしょうし、少し楽な姿勢におなりなさい」
そう言われて素直にそれに従っていいのかどうなのか判断がつかず、窺うように黒手を見ると「お言葉に甘えさせていただきなさい」と小さい声で返事を貰って、その通りに少し頭を上げた。
それだけで胸を押さえ込むような圧迫感がなくなって、ほっと息を吐ける。
「 貴男には許してないわよ?蛤貝」
オレに続いて頭を上げようとした蛤貝にぴしゃりとした言葉が掛けられると、御簾の向こうからまたふふふと笑い声が続く。
「貴男の床入りは少し前でしたものね」
「もう体も回復しているでしょうよ」
「 っ」
ぎゅ と震える拳を押さえ込むようにして再び頭を下げる蛤貝を横目で見るけれど、オレには助けとなる言葉をかけることはできない。
そんなオレを見てか、ふふふ と重なるような笑いが響くのを聞くと、まるで伏魔殿にでも迷い込んできたような気分になってしまい、目が回るような奇妙な感覚を覚えずにはいられなかった。
オレは楽な姿勢を取ることを許されたけど、黒手は頭を下げたままの窮屈な体勢で今回のことの説明を始める。
時折、相槌を打つような小さな笑い声が響く以外は黒手の声が聞こえるだけで、それ以外には何もないはずなのになぜだかじっとりとした汗が掌を濡らして行く。
「まぁまぁ どうしてそんなことをしてしまったのかしら?」
「 俺が、時宝様に選ばれたのが悔しかったみたいです。那智黒は時宝様のことが気に入ってたみたいだから」
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