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黒鳥の湖
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しおりを挟む本来ならば前を歩いて先導しなければいけないのに、体の……特に下半身の痛みのせいかうまく歩くことができないので、時宝の目に触れないこの位置にいることができるのは幸いだった。
いつもは会話のために気にならなかった竹の音が今日はやけにうるさくて……
「 ────もう、ここでいい」
そう言葉をかけられて、時宝にぶつかりそうになった寸でではっと我に返る。
「……はい」
時宝越しには『盤』の出入り口が見え、いつの間にかここまで来てしまったのだと戸惑いながら頭を下げた。
「またのお越しをお待ちしております」
「 ……」
何も言い出さない時宝を怪訝に思い、そろりと顔を上げて厳めしい表情を見上げる。
いつもならば、もう少し柔らかい雰囲気で、もう少し……
「……ああ、また来る」
頭を、撫でて、髪を……
いつもは、そうするのに時宝の腕は左右に垂らされたままで動かず、オレを見下ろす表情のない顔のこめかみが僅かだけ動くのが見えた。
「ぉ ……お気を つけて 」
オレが何とか絞り出した言葉を聞いて、時宝は背を向けて……
いつもは、門を潜る前に振り返るのに……
「…………」
まっすぐに門を潜って行く背中を見詰めて、オレは項垂れるしかできなかった。
屋敷の入り口でオレの帰りを待っていた黒手がこちらを見たのに気が付き、胸の奥がぞわりと悪寒を訴える。
時宝を見送る際には辛うじて取り繕っていた表情が崩れて、今の黒手は怒りを滲ませているのを隠そうとはしていなかった。
「こちらへ」
「 はい」
屠殺場へ連れて行かれる動物の気分で、進まない足を無理矢理動かしてその後ろについて行く。
「まずは津布楽先生に診察をしていただきます」
「 はい」
血の気が引いて冷たくなった指先が震えて、それを堪えようと握り込むけれど余計震えが広がっただけで効果はなかった。
いつもと同じ扉を潜るだけだと言うのに、まるで見えない壁に阻まれているように足は手前で竦んでしまい、黒手の採算の促しでやっと一歩踏み出す。
中には険しい顔をした津布楽先生が珍しく椅子に腰かけていた。
オレ達に視線をやらず、眉間に皺を刻んだまま空のマグカップをコンコンと机に打ち付けている。
「 っし、診察 を 」
黒手も津布楽先生も何もしゃべり出さない空気に耐えかねて、震える声で申し出てみると二人の視線がこちらを向いて、その険しさに怯むことしかできない。
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