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黒鳥の湖
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しおりを挟む磨き上げられた板の間に一歩踏み出そうとして、そこでやっと体がおかしな風に傾いでいるのに気がつく。
よた よた と初めて歩くわけでもないのに、その拙さはそれくらい幼い子供と同じくらいだ。
「 え゛、ぇ゛ 」
不思議に思って零れた声は枯れてうまく出ず、喉を押さえるために慌てて首にやった手が肌に触れる。
爪の先が皮膚に食い込む感触がした瞬間、さぁっと血の気が引くのが分かり、それでなくてもふらついていた体がぐらりと揺れて飴色の廊下へと倒れ込みそうになった。
「 ────っ」
手をつくことも受け身を取ることもできずに、このまま顔から激突するのだと固く目をつぶったけれど痛みはいつまで経っても襲ってはこず、代わりに柔らかなものに包まれた。
恐る恐る顔を上げた先に見つけた顔は、いつもしかつめらしい厳しい表情をしているはずの顔で……
けれど今は真っ青な顔をして唇を震わせて、今にも崩れ落ちそうだ。
「…………那智黒、 貴男、 」
なんてことを の言葉は口内で呟かれたせいか微かにしか聞こえなかった。
ベッドのある部屋に比べれば控えの間の狭さは三人が入ってしまえば息苦しく感じるほどで、未だ顔色の戻らない黒手と泣きじゃくる蛤貝と、それから……どう言う感情を抱いていいのかわからないオレと……
「蛤貝から事情は聞きました」
そう告げられて息が詰まりそうになり、項垂れるしかない。
「……神田様に、蛤貝を襲わせた と」
え?と言う声がうまく出せず、慌てて顔を上げるときつい眼差しの黒手がオレを睨んでいて……
「時宝様に懸想した貴男が、神田様を唆し、蛤貝に成り代わった と」
「な 、っ⁉︎」
なんの話なのか分からず、さっと蛤貝を見るも顔を押さえてしくしくと泣いているばかりでオレと視線が合うことはない。
どう言うことなのか、
なぜそんな話になっているのか、
「 なんて、馬鹿なことを 」
呻くような声はオレのことを拒絶するようで、強く繰り返し首を振った。
「ち、 違いますっ オレじゃなくて……蛤貝がっ」
「蛤貝が?」
「……時宝様が、怖いから……」
「怖い?そんなことくらいでお役目を放り出せないことは重々承知でしょう?」
「だ だか だって、 」
ざぁっと血の気が下がったせいかふらついて壁にどすんともたれかかる。
「蛤貝の旦那様に恋慕しなかったと?」
「……あ、 」
一瞬詰まった言葉は黒手の言葉を肯定したも同然だった。
くしゃくしゃと歪んだ表情と、さっと逸らされた視線がオレに対する失望を物語っていて……
「違いますっ 蛤貝は時宝様を避けたくて神田様とっ」
「だとしても貴男がそれを庇って蛤貝の代わりに時宝様の床に入る必要はないでしょう?ましてや……」
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