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黒鳥の湖
36
しおりを挟む動揺を悟られないようにと、時宝に触れている箇所を少しでも減らそうと身を引き、自身の言葉に戸惑っているような雰囲気の時宝の胸をそっと押す。
「私に、奉仕させてくださいませ」
そう言うと、時宝は「いや」とか「いらん」と呻き声の合間に漏らして拒否の姿勢を見せたが、オレの手が下腹部を探り当てると呻き声を飲み込むように口を閉ざした。
本物を……と言うと語弊があるかもしれないけれど、本物のαの逸物触れたのは初めてで、思わずその存在感に火に触れたかのように慌てて手を引っ込める。
「 なんだ」
「いえ その 思っていたよりも……」
「大きくて」の言葉は口の中で呟いたのに、二人の荒い息しか聞こえないこの部屋では時宝に届いてしまったらしい。
はっ と鼻で笑うような気配がして、あっと言う間に再びベッドへと引き倒されてしまった。
「これも手練手管と言う奴か?煽るつもりか、馬鹿にしてるのかは知らんが、どうなるか分かっているんだろうな?」
「え いえ 」
そんなつもりは毛頭なくて、思わず出ただけの言葉だったのにそう取られてしまうのは心外だ。
違う と首を振って見せたところで、部屋は一条の光も差さないように締め切られているので、時宝にオレの気持ちが伝わることはなかった。
は と苦し気に喘ぐ時宝は獣めいて……
闇の中で響く呼吸音は荒く、時宝の高ぶりをそのままオレに伝えてくる。
一呼吸ごとに激しさを増すソレは、オレの発情に促されて酷い興奮状態に陥っているのだと示していて、そこで初めて被捕食者側なのだと言うことにぞっと背筋を凍らせた。
「くそ っ甘ったるい…… あまい……」
覆い被さってくる時宝が首のガードを噛んでそう呻き、性急な手つきが力の加減もわからないままオレの体をまさぐる。
小柄なオレからしてみれば、時宝のような体の大きい男に圧し掛かられると言うのはそれだけで恐怖で……
愛撫と言うにはあまりにも乱暴な手つきに、どうしていいのかわからずに体が硬直してしまう。幾度も黒手に、αが発情に引きずられた際の対応の仕方を教わっていたはずなのに、どうしてだか一つとして対処方法が浮かばない。
仕方なく、震える手でがっしりとした胸板を押し返してみるも、子猫がじゃれ付いた程度にしか感じていないのははっきりしていた。
「蛤貝……」
その名を呼ばれて心臓が跳ねる。
こちらが痛いと思うほど、時宝が求めているのは蛤貝なのだと、その唇から名前が零れ落ちる度に痛感して、それに連れて発情しかけていた体が冷えて行く。
腹の奥には発情を示すようにジリジリとした灼けるような熱があるのに頭の芯が冷えてしまって、あれほど恋焦がれた時宝のことが恐ろしくて仕方がなかった。
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