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黒鳥の湖
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しおりを挟む震えてしまいそうになる足を何とか動かして、ベッドの縁をよじ登って広い寝台の上で三つ指をついて顔を伏せた。
「蛤貝にございます、この度は私をご指名くださいましたこと、重ね重ねてお礼申し上げます。微力ながら旦那様の血筋の繁栄にお役に立てま っ」
ぐい と手を引かれて口上が途中で途切れる。
幾度も練習した言葉だったのにかき消されてしまって、驚くよりも先に言わせてもらえなかった物悲しさを感じた。
「御託はいい。うんざりだ」
くすぐったい雰囲気や甘やかな会話などは、所詮子供を産むためだけなのだから必要ないと割り切れたが、会話すらも押さえ込まれてしまうとあっさりと心が折れてしまいそうだ。
それでも、もう二度とない機会なのだから……と心を奮い立たせて時宝の腕に縋りつく。
こんなふうに抱き着いたことなんか今までなくて、スーツを着ていた時は細身かと思っていたのに思いの外がっしりとしていて……
硬い腕は筋肉質で温かい。
「まだ、ヒートにはなってないのか?それに合わせたスケジュールだったと記憶しているが」
暗闇のせいでいきなり抱き寄せられると驚いて悲鳴を上げてしまいそうになる。それを飲み込むオレの首元にふわりと熱が近づいてきて、すん と鼻を鳴らす音がした。
時宝に匂いを嗅がれているのだと思うと今すぐ逃げ出してしまいたい思いと、縋りつきたい思いが綯い交ぜになってしまい、思わずぎゅっと身を縮める。
「も もう、香が消えますので……愛でていただければ、もう 」
そう答えて長襦袢の帯を解くために身を引こうとすると、時宝がさっとオレの体を引っ張って押し倒してしまう。
「もっと段取りのいいものと思っていたが」
「 っ、すみません、薬剤の類を使いませんので……」
「もういい、黙れ」
どんな衣装を着ているのか見当をつけたのか、時宝の手は迷いなく襦袢の襟を掴んで止める間もなく引き剥がしにかかる。
その手つきはあまりにも作業的で、なんの情緒もなければ労わりもない。
「 っ、旦那様っ お、お待ちくださ っ」
あまりにも乱暴な手つきに思わず上げた声は聞き入れては貰えず、反射的に静止しようとした腕はあっと言う間にシーツへと縫い付けられてしまった。
オレの上で、ふぅ ふぅ と荒い息を押さえようとしているかのような気配がする。
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