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黒鳥の湖
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しおりを挟む清潔に清められているそこは、時宝と蛤貝が次の発情期に籠る場所だった。
赤い橋から一歩踏み出し、扉を開けるのは簡単なのにノブに手をかけようとして身が竦んでしまうのは、近い内にこの中で行われることを想像してしまったからだ。
あの大きな手が、
低い声が、
目元に黒子のある目が、
温かな体温が、
蛤貝に注がれるんだと思うと……
「……っ」
嫌だと気を塞ぐ蛤貝にさんざん決まったことだからと諭してきたのに、あの言葉は自分に言い聞かせていたのかもしれない と、ぐっと拳を作って俯いた。
腕の中の長襦袢に皺が寄って、良くないのに手の力を緩めることはできなくて……
αとの間に子を産むことを生業とするオレ達にはそれは禁忌と言われ続けていたせいか、ぽっと胸の奥に灯るようにあるその気持ちの名前を呼ぶことは恐ろしくてできなかった。
時宝はただ、Ωとの間に子供が欲しいだけなのに……
「っ いや、今は蛤貝のことだ」
泣くと目の周りを擦ったり、腫れたりするから泣くことも禁じられているために、視界がぼやけそうになったのをぐっと目をつぶってやり過ごし、今やらなければいけないことに集中することで落ち込んだ気持ちに終止符を打つ。
時宝は子供に兄弟が欲しいと言っていたじゃないか!
少なくとも子供が二人出来る間はここに来るのだから、顔を見ることができる。
…………それで十分だ。
「 蛤貝?襦袢を持ってきたけど……」
もしも万が一、ラットに陥ったαが外に出ないように丈夫に作られている扉は酷く重くて、体重をかけなければなかなか動いてはくれない。
「蛤貝?」
呼びかけながら二枚目の扉に手をかけようとした時、中からさっとそれが開かれ、思わずつんのめりそうになったのを寸でで堪えた。
あたふたとするオレを見下ろして、細い弧を描く目が面白そうな感情を浮かべる。
「薄墨……こんな所でどうしたの?」
前の時のように情事後と言う姿ではなかったけれど、着崩した着物は相変わらずだった。
「うんー?蛤貝が緊張してるって言うからアドバイスしに来た」
「 ……アドバイス?」
オレの言葉に警戒色が含まれているのに気付いたのか、薄墨は口の端ににやにやとした笑いを乗せて大袈裟に手を左右に振る。
「俺だって仲間が初めてセックスするって状況は気遣うわけさ」
余程胡乱な表情をしていたのか、薄墨のにやにやとした表情が消えて感情が凪いだ。
『盤』の人間が『盤』の仲間のことを心配するのは何もおかしなことではないし、当然のことと言ってもいいことだ。けれど薄墨に関して言えば、その言葉は酷く軽薄で滑稽で嘘っぽい。
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